ふんふんふーん。
あやふやだった音階にオリジナリティーを加えて、だんだんと鼻歌が本格的な歌に聞こえてくる。
傘に落ちる雨粒の音が不安定なリズムを刻み、足音に重なると立派な音楽になった。
しばらく歩いてから気付いたが、さっきまでの骨が軋むような痛さはもう感じなくなっていた。
体に何が起こっていたのかはそんなに深く考えずに。
壁にもたれかかりながら歩かずに済むのがこんなに楽だったんだと改めて思った。
家まで後少し。
緩やかだが長い登り坂に差し掛かり、だんだんと下に見えてくるネオンが輝き始めた街並みを眺めながら登っていく。
ピンクのビニール傘を通して見てみると、いつもの夜景風景がなんだか香港の夜景のように妖艶な雰囲気に見えた。
そんなふうに。遠い国に思いを馳せつつ、暗闇で赤黒く見える膝小僧に力を入れて坂を進んだ。
坂の上にある一本杉のてっぺんが見え始めた時、
「―蕾っ」
遠くのほうから誰かが声を張り上げた。