「…あれは」
水平線を眺めたまま黙り込んでいた咲之助がようやく口を開く。
ああいうことは、テレビのドラマでしか見たことがなくて。
もしもそう言うことをしようとしたなら、咲之助の気持ちって…
「あれは、キスしようとした」
喋り出すまでは前置きのような長い沈黙を挟んでいたのに。
意外にもさらりと言った咲之助。
「どうして」
あたしは起き上がって、目を合わそうとしない咲之助に迫った。
ここからが本当に聞きたいところなんだ。
どうしてそんなことしようとしたのか。
だってキスは…
好きな人とするものだよ?
「どうしてって…」
顔が至近距離になると、咲之助は弱ったような表情をする。
珍しく弱気な咲之助を目の前にして。
今なら普段の疑問をいっきに聞き出せそうに思えた。
「どうして、あたしなの」
こんなふうに聞いちゃうあたり、子どもっぽいと思われてるのだろうか。
聞きたいと思う反面、聞いたら後戻り出来ない気もしてる。
咲之助の気持ちを確かめてしまったら、離れたくなくなるかもしれない。
聞きたい。
けど、何も言わないで欲しい。
矛盾した気持ちのまま、正面から咲之助をじっと見つめていた。