はっと顔を上げると、俺の上だけ雨が降っていなくて。頭上にはピンクのビニール傘があった。
そして、ぽつりと一言。
「サクが持ってよね」
蕾が言ったのは「バカ」ではなくてそれだった。
「うん」て、覇気なく答えて傘を受け取る。
歩き出す蕾に雨がかからないように、すぐに歩調を合わせた。
「サク」
キコキコ言う自転車の音に混じって、前を向いたまま蕾が言う。
「シンデレラごっこ、付き合ってくれてありがと」
そう言われて、薄暗いなかに微かにうかがえる蕾の白い頬に目を凝らした。
視線を下げていくと「ありがとう」とつむぎ出した唇が触れられそうなほど近くにあって。
人知れず鼓動が早くなる。
だけどまだそれに手を伸ばすことは叶わないから。
突然生まれた、触れたいという衝動に自分でも驚きつつ、蕾の横顔から目を逸らした。
雨の音はさっきよりも穏やかに聞こえて。
ふいに冷えきった指先にあたたかいものが触れる。
なんだろうと視線を手に落とすと、蕾の手が俺の手を控えめに引き寄せようとしていた。