東京ドームで行われている巨人VS阪神の中継試合を観戦していた時、兄貴の仕事用携帯が鳴った。

「瀬尾です」

オレはリモコンに手を伸ばし、ボリュームを絞った。

「ああ、シュンスケ?——はい、今晩は。——うん、いいよ。算数の質問?——あ、ちょっと待って。今部屋に戻るから」

音いいよ、ごめんな。と小声で言い、兄貴はリビングを出て行く。



兄貴の仕事は進学塾の講師だ。

現在、アメリカの大学で物理学教授として教鞭をとる親父の遺伝かどうか、兄貴は昔から人にものを教えるのが巧かった。

彼が今の塾に就職してからというものの、近所の小中高校に口コミ伝いにその評判が広がり、またたく間に生徒数は激増したらしい。

すっかりカリスマ講師になってしまってからは、家に帰ってからも、今みたいに生徒からの質問電話やメールの対応に追われる日々だ。


ま、本人は至って楽しそうだし、健康面もちゃんと気を使ってるからオレの心配は無用みたいだけど。

それどころか、売れっ子な兄のおかげで随分とオイシイ思いをさせてもらっているのだから、オレとしてはサポートの手を惜しむ理由はない。


なにがオイシイって。


「愁路。今月分」

例えば今日みたいな兄貴の給料日とか。

「おおっ、サンキュー。いつもすいませんねぇ」

とか言いつつちゃっかり手渡された一万円札を数える。

「あれ?やけに多くね?」

いつもより福澤先生の御尊顔が増えているような。

「夏期講習の申し込みが予想より多かったんだって。だから、特別手当て」
「へー。さっすがみんなのアイドル瀬尾先生。顔がいいってのは得だねぇ。よっ、日本一のイケメン講師!」

おいおい、と兄貴は苦笑した。

「自画自賛だ、それは」
「ははっ、それもそうか。でもマジありがとう。兄貴愛してる」
「どういたしまして。でも無駄遣いするなよ。ちゃんと計画立てて預金しろよ」
「わかってまーす」