ある日、祖母の家(つまり、私の家だ)に、従兄弟の直子が泊まりに来た。祖母が常日頃から長距離走の特待生だと自慢していた、あの直子だった。私と同じ名を持って生まれた直子は、推薦で大阪の大学に入学したばかりだった。

私の一族は元来からろくな家系ではなかったが、直子の母がパチンコで夫の金を使い込み一時期行方をくらましたことがあるくらいで、祖母の子供たち5人の中では相対的にはまともであったし、少なくともはじめから家族生活の体をなしていない(少なくとも外からはそう見える)、私の家よりずっとまともに見えた。祖母も一番年長の娘の家系として子供がいち早く育っていく所を見ていたので、8年遅れて生まれた長男、つまり私の父の家よりも肩を持っているようだった。


「あれ、まぁ。扇風機が壊れとるで。全然動かれへんわ。こりゃ暑うてたまらんな。」

私が部屋で本を読んでいた時、祖母の声が部屋から聞こえた。いそいそと居間に出ると、祖母はもう扇風機を見捨て、夕食の用意に戻ったところであった。扇風機はカラカラと、むなしく噛み合わない音を立てているだけだった。まもなくして風呂に入っていた直子があがってくる音が聞こえた。


「ほら尚ちゃん、直子が暑がっとるやろうが。うちわでもなんでも持ってきて涼しくしてやり。。」

直子は祖母に「おばあちゃん、ええのよ、そんなん。」と言っていたが、耐え切れぬ暑さだったのだろう。シャツをを弛めて肌を出し「尚ちゃん、ほなあおいでもろてええか。」と私に言った。

私は黙って直子の背中をうちわであおいだ。直子の真っ白い背中から、水玉のように汗が出ていた。私は白い背中にふれたい衝動をおさえながら、ぼんやりとうちわを左右に振った。私は食事までのその時間を何時間ものように長く感じた。

骨の浮き出た白い皮膚が目に焼きつき、その日の夜、私は眠ることができなかった。