ウェイターが多少ひるみながらフォンダンショコラを持って近づいてくる。オーケー、僕は知っている。ここが一流ホテルだろうと勤めているのは人間であることに変わりはない。


「ほら、こんなふうにね、膿が出てくるの。」

そういうと彼女はフォンダンショコラを崩し、中のチョコレートを見せた。とろけだしたチョコレートがだらしなく皿の上を彷徨うのを二人で長い間見ていた。動物園の象が寿命を迎えるまでのように、永遠に。

「あなたの、子供が、出しているのよ。分かる?」

緑は、高圧的に、そう言い放った。僕たちは沈黙する以外なかった。まだ石は重いままで持ち上がろうともしない。


彼女が日比谷駅のホームから飛び込んだのはすぐだった。正確に言うと僕が突き落としたのだ。彼女は膿で出来ている訳ではなく、骨と血の通う普通の人間であることを確認した。騒然となった駅を見て、僕はこれが現実であると確認し、安堵した。イヤフォンから流れるレディオヘッドの"Kid A"について、僕は良作かどうか判断しかねていた。


彼女の病名が、痔瘻だったとわかったのは、2ヶ月後のことだった。膣以外で行う行為は、通常セックスと呼ばれるものではないし、膿を出す子供は生まれない。そして子供は母胎で膿を出さない。僕はそれを知ったとき、もっとちゃんと保健体育の授業を聞いておけばよかったと思った。