「負けを認めるな…?」
この問いに黙ってうなずくことしかできない私。
悔しいけど
自分の気持ちに嘘はつけません。
「素直でよろしい」
「別に…」
「まぁ負けたってことは何か罰ゲームしてもらわないとな」
そう言って不気味に笑う陽。
「はっ?!そんなの聞いてない」
「だって言ってないもん」
いやいや…
言ってないならやらなくていいじゃないですか。
むしろやっちゃいけないんでは?
「まぁ、変なことはしないから安心しろ」
「余計に怪しいんですけど…」
「まぁお前にとっちゃ嫌なことかもしれない…」
そう言って切ない顔をする陽。
その目はどこか遠くを見ているようだった。
「嫌なことなの…?」
「たぶんな…。難しいことではない」
「ふーん」
なぜだかわからないけど陽は何をするのかを
まだ私には教えたくないようだった。
そして私も、このことにはあまり触れないほうがいい
自然とそう思った。
「来月俺と出かけて欲しい。そのときに詳しく話すから」
「わかった…」
「約束してくれ…何があっても俺から離れるなよ?」
急にそんなことを言う陽に戸惑う私。
いきなりそんなこと言われてもドキドキするだけで言葉が出てこない。
「何があっても俺が守るから…」
そう言って私を抱きしめる陽。
なぜだかわからないけどその瞬間不安が頭をよぎる。
その不安が何だったのか
それから数週間後に私は自分で実感した…
あっという間にその日はやってきた。
あれから1週間ほど学校を休んだ私はすっかり元気になっていた。
「よし行くか…」
「うん」
結局いまだに行く場所を伝えられていない私。
正直不安で仕方がなかった。
そして不安が顔に出るたびに
「大丈夫だ…」
陽が私の頭をなでて不安を消してくれた。
「お前には知っておいてもらわなきゃいけないことがあるんだ…」
車にのってしばらくしてから陽がそう言った。
その顔はいつか見た表情と同じで
どこか苦しそうだった。
「何を?」
「お前が俺に買われた理由…」
その言葉にドクンと私の心臓が反応する。
忘れていた。
私は母親に売られたんだった…
最初は気になっていた陽が私を買った理由。
でも、陽を好きになってからそんなことすっかり忘れていた。
「だからお前のお母さんに会ってもらいたい」
「どうして…?」
そうだよ…
今さら会ってどうするのさ?
それに理由ならお母さんに会わなくたって
陽から私に言えば済む話なんじゃないの?
「お前は母親を恨んでるんだろ?」
「別に恨んでなんか…」
恨んでなんか…
その先の言葉が見つからない。
恨んでいない。
そう言うことができなかった。
「俺はお前にそんな感情を持ったまま生きてほしくない」
「でも…」
「俺もついてるから…だからお母さんと話をしてくれないか?」
「何を話せばいいかわからない…」
「会ったら考えればいい」
「そんな…」
「大丈夫だから。着いたぞ」
その言葉にはっとして顔を上げる私。
そこには大きなマンションがあった。
「ここに住んでるんだ…」
「あぁ…」
お金持ちの人と知り合ったんだね…
「行くぞ」
そう言って私の手を握る陽。
「陽…?」
「どうした?」
「手…」
「嫌か?」
「嫌じゃない…」
陽に手を握られてからなぜだかわからないけど
私の心は落ち着いて、今ならお母さんと会っても大丈夫な気がした。
「そんじゃ行くか」
「うん」
そうして私たちはお母さんの住むマンションに入っていった。
「ここだ…」
ある部屋の前で足を止める陽。
ここにお母さんがいる。
そう思っただけでなんだか気持ちが悪くなってきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫…」
私は大きく深呼吸して気持ちを落ち着ける。
「鳴らすぞ?」
私は黙ってうなずく。