敏彦のやり方はこうだった。

まず、黒帯の柔道着を着込み、目的の道場で「見学させてほしい。」と大勢の前で堂々言う。

完全な挑発である。

道場主や指導員も練習生の手前、

「見学」を拒むことができない。

そして待つ。

ひたすら待つ。

するとシビレを切らした相手側から声が掛かる。

「参加してみませんか?」「何をやりてぇんだ?」といった様々な表現があったが、いずれにしろ明らかに敏彦を意識していた。

敏彦の答えはいつも同じだった。
「ご指導の程、お願いします。」

その一言で組み手が決まる。

父は強かった。
空手であろうが、レスリングであろうが、相手の土俵で圧倒した。
圧倒はするが、何度かは相手の見せ場も作る。

そして最後はヘタな演技で互角のふりをする。

道場ではここで手を引く。
形の上では相手をたてて道場を出る。

本番はその後だ。

十中八九、追ってくる。

追ってくる人数が大勢ならば逃げる。人目のつくところまで全力で走る。

人数が三人程度なら逆に人目のない場所に誘い込んだ。