人の視線に気付いたのは、まだ月が空の上を支配していた夜――

いや、深夜だろうか。

薄い三日月が、目の前の少女を照らしていて、少女は、その幼い瞳を不思議そうに瞬かせて、小首を傾げて見せた。

黒く長い髪がサラリと揺れる。

「おうちに、かえらないの?」

少しゆっくりとした口調で、少女は問う。

僕も、ゆっくりと言葉を返した。

「家は、無いんだよ」

顔を覗き込んでいる少女にぶつからない様に、ゆっくりと上体を起こす。
僕がベンチに座り直すと、少女は少し僕を見上げる形になった。

「君こそ、お家には帰らないのかい?」

「うん。わたしもね、おうち、ないの」


無い―…?


耳を疑った。

家が無いなんて、そんなはずはない。

「家族は?親とか……」

少し焦って言うと、少女は、ふるふると首を横に振った。

「もう、いかなくちゃ」

「どこに―…?」




ふと気が付くと、辺りは明るくなっていた。

どうやら、先程まで見ていたのは夢だったらしい。

不思議な少女だった。

家も、家族も無いというのに、一体どこへ行くというのだ。

――いや、所詮はただの夢だ。

深くは考えまいと、首を横に振って、ベンチを立った。

この公園は、通勤や通学には無縁の場所にあるらしい。

今の時間は解らないが、目の前の道路の人通りが疎らなのだから、そうだと思う。