とにも、かくにも、現状のほうが問題である。世界情勢は、どうだっていい。いくら餓死することはないにしても、このまま、ここで体にカビが生えるのだけはご免だった。

今こうしている間にも、ベルヴァーは魃扈している。

彼女の仇を討つ時間が、むなしく、削られていく。

「――よぉ」

と、あまりにも唐突に聞こえたそれが最初、なんなのか真人にはわからなかった。

「よぉって」

と、肩を捕まれ、揺すられ、ようやく気付ける。

暗がりに、人がいる。独房の扉は、いつ開いたというのだろうか。まったく文字通りいつの間にか、目の前に人がいた。人間の声や息づかいを感じるのが久しぶり過ぎて、いろいろな意味でわけがわからなかった。

なお、わけがわからないのは、

「お前……野々村……」

「お~っ、嬉しいねぇ、ちゃんと俺の名前覚えててくれたのか」

彼が、忽然と現れたことである。

顔は闇に溶けて見えないが、その乱雑な喋り方、そして声には、聞き覚えがたしかにあった。