スラムの中心に立つ研究所。

複雑な造りをしているそれの外観は、まるで要塞。

各塔には常時開放の屋上があり、設置されたエアコンのファンが忙しそうに低い音を立てている。

一般研究者も問題無く立ち入れる屋上だが、しかし何か憩いのスペースがあるわけでもない為、人が来る事は滅多にない。

来るとすれば……



「……こんなところで暇潰し?」

独特の穏やかな声が呼びかける。


管原は身体を預けていた白い柵から身を離し、煙草の煙を吐きながら振り向いた。


「そっちこそこんなとこに来てていいのか、塔藤さんよ」

屋上に出る重い扉の前に立っていた金髪にピアスの男……塔藤は、少し笑って管原の隣にやってくる。


「君を探しに来たんだよ」

「……」

管原は並んだ塔藤を一瞥して、至って表情を変える事無く再度煙草をくわえた。

「おまえもやる?」
胸ポケットに入っていた煙草ケースを塔藤に差し出してみる。

「遠慮するよ……どうも煙草は気が進まなくてね。あれ、銘柄変えた?」
「あぁ、今どこまで軽いヤツで耐えられるか挑戦してんの」
煙草をしまいながら管原は少し笑って、薄雲の空の下に広がるスラムへと顔を向けた。

「勅使川原の前じゃ吸っちゃ駄目だよ?」
「わーってるって、あいつ今禁煙成功してるからな」
「管原もそのまま禁煙してみたらいいのに」
「へっそりゃ無理だな、他に楽しみがねーよ」
くつくつと笑って、くわえていた煙草の灰を携帯灰皿に落とす。
そんな管原の発言に塔藤は思わず口の端を上げた。

「楽しみがないって、昔の管原が聞いたらびっくりするだろうね」
「昔は色々やったしな、保護地区中の女は俺の女みたいな感じだったぜ…」
「あははそれ過言じゃないところが凄いよ」

曇り空が肌寒い風を作り出している。
二人の白衣は時折風に吹かれて布の掠れる音がした。



「香(きょう)さんとは…会ってる?」
少し訊きにくそうに塔藤は背の高い管原を見上げる。

「いんや、向こうも忙しいだろ」


「…連絡、とってないんだ」

塔藤も下界のスラムを見つめた。

鉄の色が目立つ、外界と遮断された場所。

――研究所の庭とも言える場所だった。