どっこらせと吐きながら立ち上がった管原は、ふと並ぶ棗を見下ろす。


「……」



「?……な、何よ」

何故かじっと見られて、棗の整った眉が顰まった。

と。


「あ!!」

突然管原が声を上げる。

「きゃ、いきなり何……」

「おまえに似てたんだ、あいつ……」

「はぁ?」

「……」
意味が分からないという棗は首を傾げ、勅使川原が目線だけで二人を見ている。


「……塔藤のとこだよな!じゃ俺行ってくるわ!」

急に逃げる様に管原が片手を上げた。

「あ、ちょっと……」

そのままそそくさと行ってしまう。


「……変な弾」

「……」






無機質な廊下に足音が響く。

廊下は走るな、などという施設の常識は無視されていた。

管原は研究員に対する挨拶もそこそこに駆け足で擦れ違う。


普段飄々としている管原だが、今ばかりは余裕をかましてはいられない。
が、何故余裕がないのかは管原の頭の中でしか分からないだろう。


「まさかあいつが来てるなんてな……」

皮肉に顔を歪めて笑う。

先程顔を合わせた建築調査員の女……

誰かに似ているとは思ったのだが。

「それが棗か……俺ってば不覚」


そう。
佐倉泉は棗に似ていた。

その理解をした瞬間、違和感があったあの人物の素性が開ける。

化粧でもしているのか、なら尚更似ていて当然だ。
姉弟なのだから。


「しかし咲眞が…って事は茉梨亜も居るんだろなオイ」

思わず顔を手の平にうずめる。

「今の俺じゃ制限あるから仕方ねぇ、あいつに頼めばなんとかなるかも……」

意図せず口から思案を漏らし、ポケットから携帯を取り出す。
と同時に光ったメール着信のランプ。

「なんだよこんな時に……」

手早く開いて確認すると、管原は足を止め、その目はみる間に見開かれた。


「うーわ……これじゃマジで制限どころじゃねぇぞ、動けねえ……」

小さく呟き、内心で酷く落胆する。


が、それでも無理矢理口の端で自嘲して、管原は電話の発信ボタンを押した。