……ここまで「自分」をはっきりと否定されるとは正直思っていなかった。
「佐倉さん……いえ、きっと本名は別にあるんでしょう」
だが、この折笠の見解は……
「貴女は何者ですか?」
ひやりと泉は口を開く。
「顔が違う、なんて……」
そう、この青年の見解は“当たっている”。
「折笠さん……そう言うけど、ならどうして最初から私にそう言わなかったの?」
「貴女は佐倉さんじゃないですね、誰ですか……なんて聞いたら話がややこしくなるじゃないですか」
折笠の面倒臭そうな返答に泉は複雑な表情を浮かべた。
そして皮肉を込めて対象を見上げる。
「私からしてみれば貴方の方が何者なのって感じなんだけど」
「……僕はある事情でAMNの名義を借りてここに来ています。きちんと建築調査の資格も持ってますよ」
それには素直に泉も驚いた。
「へぇ、凄い!」
「……貴女は持ってないんですか」
そんな問い掛けに軽く頷かれたので、折笠は一瞬無言になる。
「……僕は正直、ここへ建築調査で来たわけじゃない。そして初めに貴女が佐倉泉だと名乗った時……貴女もきっと僕と同業だと思ったんです」
「佐倉泉」を知っていて、且つ目の前の人物が顔が違うにも関わらずそう名乗ったのなら、確かに彼女を純粋なAMNの社員とは思わないだろう。
「……同業、ねぇ」
泉は静かに苦笑する。
「ともあれAMNではない、研究所のお抱えではない貴女なら、何かしら協力が得られるのではと」
そう言って薄く微笑む。相変わらず動揺のない態度。
折笠は別に泉の協力に賭けているのではなく、それが仕事の手段の一つなのだろう。
……しかし折笠が何者か分かったわけではない。
「……そう、でも貴方が何なのかは置いといて、私は協力出来ないと思うわ」
そう告げると青年は小首を傾げる。
「何故?」
「私は私情でここへ来たから。だから貴方のする事に興味ないし、残念だけど油を売る暇もない……」
そして泉は部屋の扉を開ける。
「……貴方がAMNかそうでないかも関係ない。私の邪魔をしなければいい」
「佐倉さん……」