別の廊下。
かなり探したはずなのに、未だ茉梨亜どころか蓋尻の影さえ見付からない。
拜早は焦りの表情を浮かべ、頭のキャップを被り直した。
「変だな…人が居ない」
居ない事にこした事は無いが、どうにもいい予感がしない。
まぁ、広い黒川邸で使われていない区域があってもおかしくはないが。
「……一旦戻るか」
仕方なく一度来た方へと踵を返したところで、
「……ヤ」
「……?」
微かに人の声が聞こえた。
「なんだ…?」
拜早は白い眉を顰め、ぐるりと辺りを見渡す。
狭い廊下に、扉がいくつか並んでいる。
自分に一番近い簡素な白い扉……
耳を近づけて伺ってみると、声はここから漏れていた。
「……あ」
一言呟いて拜早は嫌な顔をする。
好んで聞きたいなどと拜早なんかは思わない、色のある声が耳に入った。
女の喘ぎ声だ。
「…よし!戻るぞ…」
何も聞かなかった事にして、拜早はUターンする決意をする。
が、残念な事に中の声は拜早の足を止めるのに充分な言葉を発した。
「……メテ」
もう一度、拜早は白い扉に目を向ける。
今度はくぐもる声で、しかし確実にそれは聞こえた。
「ヤメテ…」
「……おいおい」
これはあれか、強姦的ななにかか?
などと感じ取り拜早は多少動揺する。
「(もしそうなら……ど、どうする、俺…!)」
白い扉を凝視し、どこかで聞いた様な言葉で真面目に葛藤する拜早。
正直黒川邸のシステムを考えれば、今の拜早にとってこの部屋の中の事を気する意味はない。
しかし…
「(この中にいるのがもし茉梨亜だったら…)」
それも無きにしもあらずの可能性だ。
…茉梨亜でなくても、拜早の性格上この場を素通りするのはかなり後味が悪い。
「……くそっ」
小さく毒付いて、意を決しドアノブに手を掛ける。
鍵は開いている……
「……」
そのままゆっくりと、拜早は扉を押し開けた。