――椎名 麻佐(しいな あさ)。
性別男。さっきから会話に出てくるこのひとは、私のこの家の、隣の部屋に住むひと。兼同じ高校に通う同級生である。
壁一枚挟んだ向こう側で生活してるんだから、大声を出したら勿論話はあっちまで筒抜けだ。なのに声がでかいんだ貴子は。麻佐に聞こえてしまうじゃないか…!
「麻佐君の寝顔とか見たいー」
って言っているのに、尚も物凄い大胆な発言をするから、もう好きにして下さいって気になってしまう。
何言ってんだこの女。語尾にハートマークが付くくらいの甘ったるい声で、なんとも凄いことを言ったね。
「ねー見に行こうよっ」
「隣に住んでるからって見れる訳じゃないから…っ」
とんだ勘違いをしないで下さい。見に行く気満々で玄関に向かおうとする貴ちゃんを必死で止めた。大体行ったら行ったでぶっ殺されますから。
壁に掛かってる時計を確認すると、もうすぐ16時になる。え、かなりやばい。もうそんな時間なのか。まずこの汚い部屋をどうにか…!
「そんなに急かさなくても」
「え?」
「麻佐ならそのうち来るから…!」
机と床に散らばったごみ達をかき集めながら、貴ちゃんにそう言った。時間がない。奴は、16時10分ぴったりに来る。
せかせかと私は掃除を始めた。
「というか、貴ちゃん、さっきから私の苺ポッキー食べ過ぎっすよ」
ベッドの上でボリボリと食べ続ける貴ちゃんのおかげで、いつの間にか一袋終わっていた。貴重な私の財産を…!
それどころかこっちの気も知らずに二袋めを、そりゃもう素晴らしい笑顔で開けやがった。
「気にしない気にしない」
「いやいや」
「いやいやいやいや」
「それは私のですがっ」
「そーだっけ? まあいいや」
「え。ちょ、良くない!」
駄目なんだよ。その苺ポッキーだけは。
校長だろうと総理大臣だろうと大統領だろうと、食べたらまず殺される。
まだ死にたくないっすっ!
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