これ以上、ここに居ては行けない気がする。
大月先生はまたいつものような顔をしているけれど、雰囲気が違う。
いつもと違って、甘い。
甘いと言うよりは、優しいが適切なのだけれど何故だか甘いがしっくりとくる。
なのに、苦く感じる。
甘いはずなのに、全てが苦々しく感じてしまった。
どこも苦々しくないのに。
「…先生」
「どうした」
聞いていいのか。
一瞬よぎる不安はしかし、先程の自分の醜態により揉み消され、開き直って聞いてしまえと形を変える。
「…もし、好きな人に誰よりも大切な人がいて、なのに自分を好きなんだと言われたらどうします?」
"愛してますか?その人"
聞きたい事は、今の自分を救う助言を求めた。
追求心よりも突破口を。
一刻も早く、今の自分の状況を整理したかった。
そんなの所詮言い訳だけど。
「言われたのか、平野に」
見透かしてくるような顔に、どうして聞かなかったのか一瞬血迷ったか自分と思った。
でも、今の突破口なんて自分では見つけられないのを私は知っている。
だからこれはある意味最善だった。
「…まぁ」
「ふーん、アイツも無責任だねぇ」
興味なさ気に立ち上がると、おもむろに棚にしまってある本を取り出し、ぱらぱらと捲った。
しかし、無責任とはどうゆうことか。
「え、無責任?」
「そう。無責任」
「どうしてですか」
責めるような口調になって、はっとする。
しかし、そんなの、こうなるってわかっていたかのように大月先生は口の端を持ち上げ、弧を描いて笑った。
見透かしたような顔はそのままで。
「だって――」
「和泉っ!」
先生の言葉を遮った、必死そうなその声に、心臓が跳ね上がった。
高鳴る心音を聞こえないフリをして振り向くときには、もう誰が呼んだのかなんてわかていた。
まだ見てさえもいないのに。