動けない。
彼からの、視線に、体温に、優しい声に、私の全ては動けない。
「な、に言って…」
「俺の本心。幻滅しない、だから甘えて良い」
駄目だ。駄目だ。
だって、千佳君は由貴君の幼馴染みで、仲が良くて、私の友達で。
私に甘える権利など、何処にもない。
友達だと言っても、昔から仲が良いわけじゃない。
高校からの知り合いだ。
二年連続で同じクラスだと言っても、言ってしまえばそれだけだ。
カタチにしたら、それだけ、なのだ。
「俺が良いって言ってるんだから、いいんだよ」
背中に、手が回される。
回された手は一定のリズムで背中を優しく叩く。
かっと、一気に顔が熱くなる。
それは私が幼子のような行為。
優しさと、愛情の詰まった、行為。
「私は子供じゃないよ」
「うん、知ってる」
目の前にある白いワイシャツを掴む。
杏奈さんがしていたように、千佳君の胸板に顔を埋める。
―暖かい。
温もりが。
優しさが。
千佳君は、優しくて、暖かい。
「…でも、今はいいだろ」
幼くても、なんでも。
そう言われている。
「そう、かな…」
そうなのだろうか。
なんでもいいのだろうか。
駄目だと頭は言うくせに、心はそれで良いのだと安心する。
「俺の前でなら、問題ねぇよ」
私の髪を手で梳きながら囁かれる。
囁かれる言葉は、思考回路を麻痺させて頭の回転を鈍らせる。
だから、動けない。
彼の全てに、魅せられて動けない。