「…私、だって」


ぐっと堪える。
言ってはいけない。

べつに本心を隠したいわけではないけれど、千佳君に甘えては、甘えすぎてはいけないきがする。

大体、友達の千佳君にこんなに頼っている事自体がおかしいのだ。


「ち、か君は、幼馴染みでしょ…」

「うん。それが?」


幼馴染み。
べつに羨ましい繋がりではない。

なのに、今、こんなにもその言葉に苛まれる。

幼馴染みとゆうだけで、ずっと、理由もなく傍に居れるし、彼女だのなんだのが出来たとしても許される。

幼馴染みだもんね、の一言で。


「…でも、俺は杏奈好きじゃないし」


ぼそっと漏らされたカミングアウト。

千佳君の表情は至極面倒臭そうで、つまらなさそうだった。


「杏奈は、まだ子供だからな。それに蝶よ花よと育てられたから、我が儘だし」


ガキ過ぎて、傍に居るのも億劫だ。苦々しく言い放つ千佳君。

昔に何かあったのだと連想せずにはいられない。

それでも、縁は切れていない。


「…そ、っか」

「あぁ。…だから、甘えろよ」


痛くはなく、だけど振り解けない程度の力で、手首を掴まれて引き寄せられる。

千佳君と視線が絡み合う。


「え、あの…」

「由貴じゃなくて、俺に甘えろ」


振り解けない。

目を反らせない。


そんなこと、してはいけない。


「幻滅なんかしない」


千佳君の声が、鼓膜を震わす。

空気を振動して伝わってくる声は泣きたくなる程優しくて、甘くて。

歯痒い、不慣れなそれが思考回路を覆い隠してくれそうな気持ちになった。