「…アンタ、やっぱり馬鹿?」

「やっぱりってなんですか」


呆れたように溜息をつく千佳君。

その目は今この状況を明らかに呆れていた。


無理もない。

でも、仕方がない事だと自分に言い聞かすしかない。


「普通さ、自分から殴られに行くようなことしないだろ」


はい、氷。保健室から貰ってきてくれたのだろう氷を手渡してくれる千佳君。

氷を渡されるまで自分が頬を叩かれたことを忘れていた。

布越しに伝わってくる冷たさが、熱を持った頬に気持ちよく浸透していく。


「…。……。………頑張ったな」


千佳君は、優しい。

意地悪だけど、私がこうして辛いときに一緒に居てくれる。

何も聞かないで隣に居てくれる。


千佳君、は、優しい。


「あははっ、頑張ってるのは杏奈さんだよ」


重たい雰囲気を少しでも軽くしたくて、軽い笑い声をあげる。

冗談めいた本音を、あまり直視してほしくなくて笑顔と一緒に外へと吐き出した。


千佳君は、黙って聞いている。

黙って、耳を傾けながら。


「っ、…あ、杏奈さんすごいよねっ!一生懸命アピールしてさ」


じわり、と目尻が熱くなる。


「それにすごく素直だよねっ!」


それでも、負けじと明るい声を喉に引っ掛かりそうになりながらも、不自然じゃないように絞り出す。

口から出てくるのは、杏奈さんへの賞賛。

それはつまる事無く、すらすらと紡ぎ出され続ける。


「あとー」

「べつに、俺、アイツ好きじゃないからそんなの知らない」


止まらない賞賛を止めてくれたのは千佳君の少し冷めた声。

つまらなさそうな色が滲む声に、心がすっと軽くなった気がしたと同時に、言いようのない黒く渦巻いた激情が現れた。


逃れようにも、残念なことに私は逃れ方を知らない。