後ろから感じる体温が暖かい。

視界を覆い隠すその手が涙腺を破壊する。

耳に届く荒い息づかいが気持ちを軽くしてくれる。

体に回された腕が貴方を感じさせてくれる。


貴方の全てが、私を錯覚させる。



「もういいだろ、杏奈」

「それって、どうゆう…」

「自分で聞け。行くぞ」


溜息をつきながら杏奈さんに、暗にもう止めろと伝えた千佳君。

その台詞に違和感を覚えた由貴君が千佳君に問いただそうとするが、それをばっさりと切り捨てて、私をこの場から遠ざけようとしてくれた。


「ちょ、和泉っ!」


それを慌てて引き留める由貴君。

私の名前を呼んだ声に、また胸がぎりっと軋んだ。

いつもなら、嬉しく感じるその声が、今では私の胸を軋ませる要因の一つとして機能している。


「ごめん、由貴君。…ばいばい」


由貴君に背を向けたままそう言った。

きっと、絶対に彼はもう私を引き留めたりはしない。


きっと、絶対に。


「…ゆ、き…っ、ふっ」

「杏奈…」


ぱっと、一瞬で杏奈さんへと持って行かれる彼の意識。

悲しいのに、どこか安心している自分がとても滑稽だった。