母さんの葬式には出なかった。

まるで魂が抜けたように母さんがいた病室で横になっていた。
ベッドのシーツは看護士さんに俺が頼んでそのままにしてもらった。

母さんの匂いがする。
温もりがまだある。

死んだなんて、信じられないくらいだった。


「兄ちゃん、ここの病院のせがれだろ?」


入り口のドアに寄りかかっていたのは、見るからに柄の悪い男。
明らかにそっちの道の人間だ。

確かどっかで見た記憶がある。
病院うろついてる時に見た奴だったっけ。


「おふくろさん、死んだんだってな。ご愁傷様。」

「どっか行けよ。おっさん、組の人だろ?」


するとそいつは笑った。


「死にそうな顔してっから、いいもんやるよ。」


そう言ってベッドの上に放り投げたのは、小さなビニール袋に入った白い粉。
それを見て何かすぐにわかった。


「いらねえよ、こんなもん。」

「使うか使わねえかはお前次第さ。俺は助け舟を出してるだけだ。
まあ、それがお前の助けになるかはわからねえけどな。
兎に角、現実逃避にゃもってこいの薬だ。」


男はそれだけ言って去って行った。


窓際の彼岸花が枯れてる。



いっそ俺も母さんの後を追って死のうかと思った。




けれど皮肉にも俺の命を繋いだのは、その白い粉だったりする。


男の策略にはまるのはわかっていた。
そんなもん、承知の上で使った。


そうでもしなきゃ、生きてられなかった。