そんな母さんが好きだったのは真っ赤な彼岸花だった。

母さんの病室の窓際に飾ってあるのを見て驚いた。
たぶん親父が持ってきたのだろうけど、それがまた癇に障った。


「彼岸花なんて飾るなよ。縁起が悪いのくらい知ってんだろ。」


俺が捨てようと花瓶に手をかけると、母さんはそれを止めた。


「清、やめて。お母さんその花が一番好きなの。」


母さんがそう言うから渋々捨てるのをやめた。


なんであんな花が好きなのかわからなかった。
真っ赤で妙に不気味だし、まず名前からして縁起が悪い。

お“彼岸”の花ってことだろ?確か異名もあったりで全部ろくでも無い名前だったっけ。
よく墓場に咲いてるの見るし。

そんな想いが表情に出ていたのか、母さんはぽつりと喋りだした。


「彼岸花はね、どこかの国では“相思華”って言われてるの。
彼岸花って葉っぱとお花が同時に出ることは無いんですって。なんだか素敵だと思わない?」


思わねえよ。


「佐兵衛さんにプロポーズされた時にね、巾着田に連れて行かれて一面に咲く彼岸花を見たの。それまでずっとお付き合いを拒んでた私を無理矢理引っ張ってね。」


母さんが親父と結婚するつもりが無かったのは知ってた。

そもそも母さんと親父は住む世界が違った。
親父は大病院の跡取り、でも母さんは普通の家庭の普通の人間だった。

母さんは親父と自分が釣り合わないと思って、ずっと付き合うのを断ってたって。


「“葉は花を思い、花は葉を思い、永遠に結ばれることは無い。けれど同じ一本の花に咲けた幸せは何物にも変えられないのではないでしょうか。
貴方が私を思わなくとも私は貴方を思い続けます。例え結ばれることが無くとも、貴方と同じ時代に生き、こうやって出会えたことが私の中での一番の奇跡なのだから。”

そうやって手を取って言ってくれて、佐兵衛さんが何を言いたいのかわかったの。」


それで結婚するって決めたのかよ。
母さんは馬鹿だよ。あんな男に騙されやがって。

でも母さんが親父と結婚してなければ、俺は生まれてなかった。

凄く複雑だった。


真っ赤な彼岸花は陽の光を浴びて、母さんの死を刻一刻と見守っているように思えた。