10分ぐらい歩いた頃、

「お前、一人であそこまでやったのか?」

土方くんが話しかけてきた。

「うん」

「凄いな。ちょっとした庭みたいになってたな」

「春になったら花を植えるの。そうしたらもっと花やかになる」

「そうだな。花は好きか?」

「ポプリを作れる花は好き。桜も」


「オレも桜は好きだ」

「うちに大きな桜の木があるの。毎年、三人でお花見してる」

「三人?」

「幼なじみ。私が寂しくないようにいつも来てくれる。だから、彼女との付き合いが続かないの」

彰と猛流がフラれる理由はいつも私が絡んでいた。
「そうか。オレと秋田も幼なじみなんだ」

「一緒だね」

「あぁ、一緒だ」

会話はそれで終わった。

家の前まで土方くんは送ってくれた。

「明日は朝6時に校門前に来いよ。服装検査の日だから」

「放課後だけじゃないの?」

「風紀に午前も午後もないんだ。必ず来いよ」

そう言って彼は帰って行った。

勝手な人だなと思いながら、私は家に入った。



今思えばそれは、神とかじゃない何かに導かれていたんじゃないかって思えたんだ。
その日、また夢を見た。

オウリはまたバーで歌っている。

綺麗な歌に誰も耳を傾ける。

この日は、青いドレスで髪を結い上げている。

さらけ出された白い項が色気を醸し出す。

唄い終わると、いつもの席に着いてお酒を飲んだ。

「お疲れさん。今日は真面目に歌ったじゃないか」

「まぁね。今日も大繁盛だね」

彼女の目の先には政府の高官だという男達が女性たちを侍らせて何かを話していた。

「そして…」

首は動かさずに、視線だけをオウリの反対側のカウンターに座る男に向けた。
同じ時間、同じ場所。

男はいつも同じ席にいてグラスを傾ける。

グラスの中身もいつもと同じ。

それはストイックにも見えるが、オウリには異質に見えた。

横顔しかみたことない男が不意にこちらを向いた。

茶の髪の整った顔の容貌。

切れ長の瞳は、どこか肉食獣を連想させるように、鈍い光を放っている。

その鋭さに、一瞬身震いした。
男が店の店主カーラを呼び、何かを注文した。

オウリは男から視線を外して、爪に目を落とした。

青いマニキュアの細い指。

そろそろこの色にも飽きてきたな。

今度は紫色にしようかな?

など全く関係ないことを考えていると、

目の前にグラスが置かれた。

中には琥珀色の液体。

ブランデーなのかな?

「頼んでないよ」

お酒を飲んだら、給料からちゃんと引かれるのがこの店のルール。


「向こうさんからあんたにだって」

カーラが目線で示す方を見ると

男がこっちを見ていた。
オウリは微笑んで軽く会釈をした。

男も会釈をした後に、席を立って私の隣に座った。

「良い歌だった。これはそれの礼だ」

低く心地好い声だと思った。


「ありがとうございます」

「歌姫がいるからと来てみたんだが、本当だった。歌だけじゃなく本人も綺麗だ」

「お上手ですね」

オウリはカーラに向けていた様な顔ではなく、慎ましやかな女の様に男に接した。

「オレは口下手でね。本当のことしか言いませんよ」

「最近おみかけするようになりましたが、お名前を伺っても?」

「客の顔を覚えているんですか?」


「えぇもちろん。大切なお客様です。お顔を覚えるのは基本ですから。それに折角、私の歌を誉めてくれたお方をお名前でお呼びしたいわ」
オウリは自分でも一番の笑顔を男に向けた。

「そうですか。オレはカインと言います」

「良いお名前ですね。私は」

「オウリさんだろ。変わった名前だが何か意味でもおありになるのですか?」

先に言われたことに驚いていたけど、カーラに聞いたのかもしれないと彼女は顔にだすことはなかった。

「いえ特に深い意味は。ここに通い続けていただければ、コロリと話してしまうかも」

「商売上手な人だ。気に入った」


男は端正な顔の口端を少しあげた。

その顔は、悪戯好きの子供のようにも獣のようにも見えた。

オウリの心はこの瞬間、確かに男に惹かれた。
「これからすることは他言無用だ」

そういうと、男はスッと椅子からおりた。


「全員、動くな!」

カインが声を張り上げた。

店が一瞬に静まり返る。

「国家特殊公安部だ!大人しくしろ」

銃を店の中に向けた。

「ケルベロスか」

客の男の一人が呟いた。

「クソじじいともが、国家政府の高官でありながら、私利私欲に走り血税を食い物にしたお前らを拘束する」


「逃げろ!」

一人の男がカインの迫力に負けて逃げ出した。

ガン!

という怒号が店の中に響いた。

逃げ出した男が床の上に転がった。

女の子達が悲鳴を上がった。

血が床を汚して行く。

カインが男を撃ったのだ。
それをきっかけに店の中に黒い服を来た男たちがなだれ込んで来た。

次々と男達を拘束していく、

そのうちの一人の手が女の子たちを拘束しようと伸びた。

「みんな裏に行きな!」

カーラが叫んだ。

女の子たちはすぐに店の裏口に行こうと走るがカインは彼女達にも銃口を向ける。

「動くなっつってんだろ!お前らからは話を聞く必要がある!」

「そんなの関係ないね」

カインの銃がたたき落とされた。
「誰だ!」

「あ・た・し」