掃除ではなく整備を私は始めてしまった。
石を整然と並べて、雑草を取る。
その向かい側にはプランターを持って来て、真っ直ぐに並べた。
春になったらここに花を植えよう。
いや。どうせ誰も気にもとめないなら、ハーブでも植えてポプリでも作ろうかな?
ならバラを植えないと。
どのバラが良いかな。
そんなことを考えているうちに外はすっかり暗くなり、冷えて来ていた。
私はそのことを気にも止めず、作業を続けていた。
「お前!何してんだ!」
土方くんが息をきらせて走って来た。
「鞄が残ってたからまさかと思えば、今何時だと思ってんだよ」
「ケータイ鞄だからわかんない」
「7時過ぎてんだよ!この真冬にブレザーまで脱いで…。帰るぞ」
土方くんの怒ってる顔しか見ていない。
考えていると、腕を捕まれた。
「まだ片付けは終わってない」
「オレがやっておく。お前の鞄持って来たから、ブレザーとコート来て、校門のとこで待ってろ!」
「どうして?」
「送って行く。こんな真っ暗な中を女一人で帰せるか!」
土方くんはそういうと、箒やゴミ袋を持って行ってしまった。
木にかけたブレザーとコートを着て校門に向かった。
ケータイをチェックすると、彰と猛流から電話が何度もかかってきていた。
メールの方を見ると
伝言メモと同じ内容が書いてあった。
メールで二人にこれから帰ると伝えた。
「直江、帰るぞ」
メールを送った所で、土方くんが走ってきた。
土方くん歩き出した。
不思議と会話はなかった。
10分ぐらい歩いた頃、
「お前、一人であそこまでやったのか?」
土方くんが話しかけてきた。
「うん」
「凄いな。ちょっとした庭みたいになってたな」
「春になったら花を植えるの。そうしたらもっと花やかになる」
「そうだな。花は好きか?」
「ポプリを作れる花は好き。桜も」
「オレも桜は好きだ」
「うちに大きな桜の木があるの。毎年、三人でお花見してる」
「三人?」
「幼なじみ。私が寂しくないようにいつも来てくれる。だから、彼女との付き合いが続かないの」
彰と猛流がフラれる理由はいつも私が絡んでいた。
「そうか。オレと秋田も幼なじみなんだ」
「一緒だね」
「あぁ、一緒だ」
会話はそれで終わった。
家の前まで土方くんは送ってくれた。
「明日は朝6時に校門前に来いよ。服装検査の日だから」
「放課後だけじゃないの?」
「風紀に午前も午後もないんだ。必ず来いよ」
そう言って彼は帰って行った。
勝手な人だなと思いながら、私は家に入った。
今思えばそれは、神とかじゃない何かに導かれていたんじゃないかって思えたんだ。
その日、また夢を見た。
オウリはまたバーで歌っている。
綺麗な歌に誰も耳を傾ける。
この日は、青いドレスで髪を結い上げている。
さらけ出された白い項が色気を醸し出す。
唄い終わると、いつもの席に着いてお酒を飲んだ。
「お疲れさん。今日は真面目に歌ったじゃないか」
「まぁね。今日も大繁盛だね」
彼女の目の先には政府の高官だという男達が女性たちを侍らせて何かを話していた。
「そして…」
首は動かさずに、視線だけをオウリの反対側のカウンターに座る男に向けた。
同じ時間、同じ場所。
男はいつも同じ席にいてグラスを傾ける。
グラスの中身もいつもと同じ。
それはストイックにも見えるが、オウリには異質に見えた。
横顔しかみたことない男が不意にこちらを向いた。
茶の髪の整った顔の容貌。
切れ長の瞳は、どこか肉食獣を連想させるように、鈍い光を放っている。
その鋭さに、一瞬身震いした。
男が店の店主カーラを呼び、何かを注文した。
オウリは男から視線を外して、爪に目を落とした。
青いマニキュアの細い指。
そろそろこの色にも飽きてきたな。
今度は紫色にしようかな?
など全く関係ないことを考えていると、
目の前にグラスが置かれた。
中には琥珀色の液体。
ブランデーなのかな?
「頼んでないよ」
お酒を飲んだら、給料からちゃんと引かれるのがこの店のルール。
「向こうさんからあんたにだって」
カーラが目線で示す方を見ると
男がこっちを見ていた。
オウリは微笑んで軽く会釈をした。
男も会釈をした後に、席を立って私の隣に座った。
「良い歌だった。これはそれの礼だ」
低く心地好い声だと思った。
「ありがとうございます」
「歌姫がいるからと来てみたんだが、本当だった。歌だけじゃなく本人も綺麗だ」
「お上手ですね」
オウリはカーラに向けていた様な顔ではなく、慎ましやかな女の様に男に接した。
「オレは口下手でね。本当のことしか言いませんよ」
「最近おみかけするようになりましたが、お名前を伺っても?」
「客の顔を覚えているんですか?」
「えぇもちろん。大切なお客様です。お顔を覚えるのは基本ですから。それに折角、私の歌を誉めてくれたお方をお名前でお呼びしたいわ」
オウリは自分でも一番の笑顔を男に向けた。
「そうですか。オレはカインと言います」
「良いお名前ですね。私は」
「オウリさんだろ。変わった名前だが何か意味でもおありになるのですか?」
先に言われたことに驚いていたけど、カーラに聞いたのかもしれないと彼女は顔にだすことはなかった。
「いえ特に深い意味は。ここに通い続けていただければ、コロリと話してしまうかも」
「商売上手な人だ。気に入った」
男は端正な顔の口端を少しあげた。
その顔は、悪戯好きの子供のようにも獣のようにも見えた。
オウリの心はこの瞬間、確かに男に惹かれた。