「そいつがいないなら話してたって意味がない。来月、オレらも一緒に会ってそれで決めれば良いだろ?それよりも大晦日まで時間ねぇぞ」
「仕方ないな。桜理、歌詞は出来てるだろうな」
「少しはね。昨日、邪魔が入って少ししかかけなかった」
「邪魔?」
「そ、久保田くんが」
「お前にしては珍しいな人を覚えてるなんて」
彰は感心したような顔をしてるけど
「顔はもう覚えてないの。久保田くんって呼んだのだけは覚えてる。久保田くんって名前も勝手につけたし」
そう返したら、ため息をついて呆れた顔をされた。
「桜理らしいな。よし、音楽部屋いこうぜ」
猛流は笑ってリビングを出て行った。
この家の地下には防音室があってそこには、ピアノが置いてある。
私達はそこで練習をするのが決まりだった。
「今年最後のライブだ。絶対成功させてやろうぜ」
その大晦日の路上ライブから私の命をかけたゲームが始まることを。
後に私はこんな始まりなんて望んでいなかったと嘆くことを誰も気づくことはなかった。
大晦日のライブが終わったその夜。
大成功で終ったライブの祝賀会のような形ではしゃいで、リビングでそのまま眠ってしまった。
私は夢を見た。
すぐに分かった。
この夢は私の前世のオウリの記憶を移している夢だと。
オウリは昼は眠って夜は、家の傍の酒場のような所で歌を歌ってお金を稼いでいた。
その歌声はとても伸びやかで、素晴らしい声をしていた。
歌うオウリの金色のふわりとウェーブのかかった髪と、神秘的なスモーキークオーツの様な瞳は彼女美しさをさらに引き立てていた。
酒場にいる誰もがオウリが歌い出すと彼女に目を向けた。
彼女の歌には人を引き付けるものがあった。
同じボーカリストとして嫉妬を覚えた。
自分の前世なのに。
彼女の生まれ変わりだという私は、あんなに音域は広くないし、歌唱力も彼女の半分にも満たない気がする。
「なんだい、もう終わりかい」
一曲歌うと、彼女はステージから下りて、カウンターの端に腰をかけた。
足を組むと、真っ赤なベルベットのドレスのスリットから真っ白な足が見えた。
店主らしき初老の女性がオウリの前にグラスを置いた。
「興が乗らない。ねぇ、今日はやけに人がいるね。こんな寂れた酒場に」
オウリは店を見回して呟いた。
中央の席には、身なりの良い男達がキレイに着飾った女の人達を侍らせて酒を煽っていた。
「寂れたは余計だよ。政府の高官さ」
「政府?何でそんなお偉いさんがそれこそおかしいでしょ」
「さあね。私には関係ないことだよ。たっぷりと金を払ってくれれば誰だろうと文句はないよ」
「そりゃそうだね。でも、モップは用意した方が良いかもね。きな臭いよ」
その後、声を潜めた。
「向こうの席で、一人で飲んでる男見たことないよ。ヤバい感じがする」
「明日にでも準備をして置くよ。それを飲んだら、向こうで酌をするか、歌を歌うかどっちかしといで、働かない奴に金は払わないよ」
「わかりましたよ」
オウリは怒られた子供のような顔をすると、グラスの中身を一気に飲み干すとまたステージに立った。
またオウリの歌が店に響く。
そこに聞き覚えのある単語を聞いた。
桜舞い散る世界に忘れた記憶が舞い戻ってくる
ここの国は、言語は日本語ではなくて、英語に近い。
オウリの思考を介しているせいか、言葉で戸惑うこともなかった。
ただ、歌の中のワンフレーズは私たちにとても馴染み深いものだった。
オウリ、あなたは一体何者なのだろう?
私に分かるのは、彼女が常に何か変化を望んでいるということだった。
オウリは誰も分からない、日本の言葉にいつも自分の願いを乗せていた。
忘れられないあの日に少しだけ近づけるように、私は求めるよ
求め、されば叶わん。
望むのは今とは違う未来のかけら
短い冬休みが終って学校が始まった。
新学期が始まったその日に風紀委員会に呼び出された。
放送で呼び出されたけど、風紀委員会室の場所が分からないから無視してたら、放課後に迎えに来られた。
「直江桜理さんですね」
帰ろうと思ってたら名前を呼ばれた。
顔を上げると茶髪の男の子が立っていた。
人懐こい可愛い笑顔をこちらに向けているけど、目は笑っていない。
「お昼に放送をかけたはずなんですけどね。」
「そう」
「呼び出されたら普通来るでしょ」
「じゃあ、私は普通じゃないのね。さよなら」
私は普通じゃない。
だって、神の使いが目の前に現れて、死を告げられるなんて普通じゃない。
「帰すわけには行きませんよ。こっちも仕事なんで協力をお願いします」
鞄の持ち手を捕まれて動けない。
細い腕をしてるのに、強い力。やっぱり男の子だね。
諦めるしかないよう。
「手短にね」
「もちろん」
風紀委員会室なんてあるのも知らなかった。
東棟の二階の奥、生徒会室の隣が風紀委員会だった。
こんな日当たりの悪い場所、絶対来ない。
「委員長連れて来ました」
中に入れられる。
中は何か男臭い。
「直江桜理さんだね。悪いな呼び出して」
四角に並べられた机の一番奥に、ゴツい男が座っていた。
同じ高校生なのだろうか?
制服着てるけど老けて見える。
ブレザーの制服がスーツに見える。
それよりも何か毛深いし、
「この熊、本当に高校生?それとも先生?」
中にいた全員が動かなくなった。
あ。禁句だったかな。