桜理

それは私と同じ名前だった。

同じ名前の人が恋人に殺される夢を見た。


あの後、彼女は銃を恋人に向けられて、死んでしまうのだ。


最後まで見ていないのに、私は結末を実感していた。

自分が撃たれたわけじゃないのに、自分の胸が痛かった。

愛した人に殺されるなんて彼女は酷く傷ついていた。

それでも、笑っていた。

私には出来ないと思った。
私と同じ名前彼女は、一体誰だろう?

私の何なんだろう?


考えていると、インターホンが鳴った。


彰と猛流だ。

私は、ベッドから下りて玄関に向かった。


二人はいつも今日来てくれる。

一過性の病のように、昨日の孤独感も今は感じられない。


「彰、猛流いらっしゃい」


確認もせずに私はドアを開けていた。


ドアの向こうにいたのは、彰でも猛流でもなかった。

スーツを着たサラリーマン風の男。
「新聞は間に合ってます」


急いで閉めないと、今は物騒だから、こういう真面目そうな男でも何をするか分からない。


「お待ち下さい。直江桜理さま」

「勝手に人の名前、呼ばないでよ。誰よ、教材なんていらないし」

「新聞でも教材を売りに来たのでもありません。私の話しを聞いて下さい」


「何もいらないし。警察に通報されたくなかったら早く帰って」


ドアを閉めようとするけど、足をドアに挟まれて閉められない。
「私は神様の命により、あなたに大切なことをお伝えしに来ました。話しを聞いてください」

「宗教にも興味はないですから。神様なんて信じてないし」

「あなたは今日、夢を見たはずです。あなたと同じ名前の女性が恋人に殺される夢を見たはずなんです」


どうして、知ってるの?

内容も細かく知っているなんて、どうして?


「あなた誰?」

「お伝えしたいことがあるんです。あなたの未来がかかってるんです」
私の身体から力が抜けて、ドアを開けた。


「制服のままで寝ていたんですか?女の子なんですから、ちゃんとしなくては。着替えていらっしゃい。私は外で待っていますから」


その人は、そう言って、私を家の中に戻した。


胸の奥がドキドキしてる。

緊張とかじゃない、あの人は私の何かを変えに来たんだと予感した。


着替えて再度、ドアを開けた。

あの人は笑顔で、私を見て笑った。
その顔が、記憶の中の父に重なった。

顔はまったく似ていないのに。

私の父も、私の顔を見るたびに笑顔を向けてくれた。
水谷豊似の男は、ゆっくりと話し始めた。

「手短にお話しいたします。あなたは、来年の12月25日に死にます」

突然の死亡宣告に言葉も出なかった。

「心配しないで下さい。それは何もしなかった場合のこと。私の言ったことを果して頂ければ、あなたは死ぬことはありません」

水谷さんの話しを私は他人事の様に聞いていた。

「一年の間に、ある一人の男性から愛の告白を受けるだけです」

「知らない人から、好きだと言われても気持ち悪いだけよ」

「あなたとは縁しのある方なのです。夢の中で、あなたを殺した男を覚えていますか?」

私はうなづいた。

覚えているけど、それがどうして私の命と関係あるの?

「彼も輪廻の流れにのり、現代に生まれました。前世での約束を果してもらいます」
「それなら向こうに言えば良いじゃない。どうして、私が」

「神様がお決めになったことで、彼はあなたを殺害した後に、さらなる非道を行いました。その罪のため、彼自身にあなたを探させるるのではなく、最愛のあなたに探させるようにと」


水谷さんは苦しそうに説明してくれているけど、辞めさせるわけにはいかない。

「そしてあなたがもしも亡くなった時は、記憶を戻し、死ぬよりも辛い思いをすることが彼の罪に対する罰だと神様は考えました」


「理不尽な話しですね」

私は、彼とは関係ないし、前世とかにも興味はない。

どうして、私が知らない男に好きだと言われるために動かなきゃならないの。

理不尽以外のなにものでもない。
「神様はお考えを変えるということはできません。どうか、この話しを理解していただき、頑張っていただきたく、この旨をお伝えしに参った次第でございます」


水谷さんは私に何度も頭を下げた。

「やりますよ。やらなきゃ死ぬんでしょ」

「桜理さま。ありがとうございます。私も出来ることは協力させていただきます」

「相手はどこにいるの。探すだけで、一年かかることをさせるつもりはないんでしょ」

「お相手の方にお会いになったからあの夢を見たのです。神様はあなたの魂にそのようなしかけを施しました。思い出してください、昨日あなたが初めて出会った方の中にいたはずです」


初めて会った人。

私は、人の顔を覚えるのが苦手で、一度だけ会った人は、次の日は初めましてになってしまう。
「顔を覚えるのが苦手なんですか」


水谷さんは困ったなぁと首を傾げた。

困ったのはこっちも同じで、相手が分からなきゃこのゲームを進められない。

ただ死を待つだけになってしまう。

それは嫌。

「もう今月は学校も終わりで、冬休みにはいるので、1月から頑張ろうと思うので、ヒントみたいなものを考えて来て下さい」

「分かりました。神様に相談してきます」