このまま一つになれたら良いのにね。
そうしたら、君に私を殺すなんてことさせなくて良いのに。
長いキスに私の息がもたなくなる。
肩を押すけど、彼は離れてくれない。
少しだけ唇を離すと、小さな声が聞こえた。
「もう少しだけ。頼む」
顔に冷たい雫が落ちてきた。
少し目を開けると、彼が泣いていた。
拭って上げたかったけど、手は彼に握られていて、出来なかった。
それは、永遠とも思える長さで、
けれど永遠なんてないことを私達は知ってる。
「すまない。時間がないんだ」
私の最後の時が迫る。
「そう。ちょっと待ってね」
私は、取って置きのアロマキャンドルに日を付けた。
淡い薫りが部屋に立ち込める。
良い薫り
母が好きだった藤の薫り。
「今度、生まれ変わったら、桜と藤の咲く国にするわ」
見たことはないけど、母はとても美しいものだと教えてくれた。
このアロマキャンドルだって、母が故郷を思い出して作ったものだ。
「オレも見てみたいな」
私は一緒にとか、待ってるねとは言ってあげない。
少しだけあなたを恨んでいるから。
覚えてる?
私が言ったこと。
私、嘘が嫌いなの。
どんな理由があっても。
指でキャンドルを倒した。
火は消えずに、テーブルの紙に燃え移る。
「お前!何してんだ」
慌てて消そうとする彼を止めた。
「この命は差し出すわ。でも、身体まではあいつの自由にはさせないから」
火は大きくなっていく。
藤の匂いなんてもう感じられない。
「私を撃ったら早く出て行って。知ってる?建物が燃える様はね、桜が散るのに似てるんだって、母様が言ってた。それ見たいの。それを見ながら死にたいの」
上手に笑えてるかな?
君に涙も見せたくないの。
「オウリ!」
彼が伸ばした手を払い、一歩だけ下がる。
「もう一度呼んで。私の名前の意味教えたでしょ」
涙を零す彼は私の名前を何度も呼んだ。
「桜理!」
桜の理
狂い咲き、燃える様に散る、それが桜の理。
ここで目が覚めた。
桜理
それは私と同じ名前だった。
同じ名前の人が恋人に殺される夢を見た。
あの後、彼女は銃を恋人に向けられて、死んでしまうのだ。
最後まで見ていないのに、私は結末を実感していた。
自分が撃たれたわけじゃないのに、自分の胸が痛かった。
愛した人に殺されるなんて彼女は酷く傷ついていた。
それでも、笑っていた。
私には出来ないと思った。
私と同じ名前彼女は、一体誰だろう?
私の何なんだろう?
考えていると、インターホンが鳴った。
彰と猛流だ。
私は、ベッドから下りて玄関に向かった。
二人はいつも今日来てくれる。
一過性の病のように、昨日の孤独感も今は感じられない。
「彰、猛流いらっしゃい」
確認もせずに私はドアを開けていた。
ドアの向こうにいたのは、彰でも猛流でもなかった。
スーツを着たサラリーマン風の男。
「新聞は間に合ってます」
急いで閉めないと、今は物騒だから、こういう真面目そうな男でも何をするか分からない。
「お待ち下さい。直江桜理さま」
「勝手に人の名前、呼ばないでよ。誰よ、教材なんていらないし」
「新聞でも教材を売りに来たのでもありません。私の話しを聞いて下さい」
「何もいらないし。警察に通報されたくなかったら早く帰って」
ドアを閉めようとするけど、足をドアに挟まれて閉められない。
「私は神様の命により、あなたに大切なことをお伝えしに来ました。話しを聞いてください」
「宗教にも興味はないですから。神様なんて信じてないし」
「あなたは今日、夢を見たはずです。あなたと同じ名前の女性が恋人に殺される夢を見たはずなんです」
どうして、知ってるの?
内容も細かく知っているなんて、どうして?
「あなた誰?」
「お伝えしたいことがあるんです。あなたの未来がかかってるんです」