「キラ、まだ捕まってなかったのね」

「まぁな」


その夜歌っていると、懐かしい視線を感じた。

その視線をたどると、カウンターに紙の長い女が座っていた。

歌い終わると、オウリはカウンターに向かい、女の隣に座った。
「オレが簡単に捕まるわけがないだろう」

声は男のものだが、傍からみれば女同士の会話に見えるだろう。

「ルークは?」

「あいつも元気だと言った方が良いな」

「そう」

「最近、お前が軍の男と親しいという話を聞いたが」

「バカバカしい。私の軍属嫌いは知ってるでしょ」

「まぁな」

「ここの客なだけ」

「そうか。オレはお前が穏やかであれば良い。だが、ルークには気をつけろ、あいつはお前をあちらに引き戻そうとしている」
オウリは少しだけ肩を震わせた。

「あんたもそうなんじゃないの?」

「お前がいれば計画は大きく前進するだろうが、お前が小さい子供と一緒にいるところを見たらその気は失せた」


「そう」

オウリはキラの横顔を見た。

「オウリ、歌を聞かせてくれ。一曲聞いたら帰ることにしよう」

オウリはステージに立った。

友のために。
いつかまた

この世界

優しさが

満ち足りるだろ

いつかくる

この世界

安らぎのメロディー



歌を聞くと男は帰って行った。

今までの思いが巡った。

幼なじみのキラとルーク、違えてしてしまった道だけど

大切なことは変わらない

でも私の手にある宝物に手を出したら許さないとオウリは歌に込めた。

キラにはきっと届いたはずだ。
「今日は歌わないのか?」

その日の店が終わる間際にカインが来た。

客のまばらの店内、店の端においてあるピアノを弾いていると、カインはグラスを持って側にきた。
「あんたが来る前に歌ったから」

「そうか。何かあったか?」

「別に、」

「ならいいけど。今日はお前の雰囲気がなんか違う」

「何もない。それよりあんたがなんかあったんじゃないの?血の臭いがする」

「あぁ。仕事でな、指名手配のテロリストが町に入り込んだって情報がはいってな」
キラ・セーレンとルーク・ティアックの二人だ。

とカインは言った。

「そう」

「気をつけろ」

「どうして私に言うの?」

「美人にはテロリストも手を出したくなるものさ」

「馬鹿ね」

「男は馬鹿な生き物さ」

オウリの顔に笑顔が浮かんだ。

「こっちに来て。手当するから」

そういって、オウリは店の奥にカインを連れて行った。

「怪我してるとこ見せて」

オウリに促されてカインは左腕を出した。

包帯が巻かれていて、少し血が滲んでいる。
「休めば良いのに」

「お前の歌が聞きたかったんだ。疲れが吹っ飛ぶ」

恥ずかしげもなく言うカインの言葉に少し、気恥ずかしさを感じながら手当てを続けた。

「ありがとう」

「どういたしまして。帰って休みなさい」

「お前の歌を聞かせて欲しい。駄目か?」

その姿が、おあずけをされている犬の様に見えた。

「昔から動物と子供に弱いな」

呟くと、大きく息を吸った。
眠りなさい

私の胸の中で

安らぎの海へと

守りましょう

あなたの眠りを

微笑みをくれる




歌い終わり、カインを見ると眠っている。

「本当にばかな人」

オウリはカインの身体を倒して自分の膝の上に頭を乗せた。

「動物と子供には甘いね」

この大きな犬は突き放してもついて来る。

自分の深い所を撫でられるような気分だ。

オウリはカインの髪を撫でた。

「本当、あの子に似てる」

幼い頃に拾った子犬に 。

「レイン」

名前も似ている。

因果かしらね

とオウリははにかんだ。
カインが起きたのは一時間程経ってからだった。

「悪い」

ばつの悪そうな顔をするカインがおかしくてオウリは少し微笑んだ。

「馬鹿ね。そんなに眠いなら来なきゃ良いのに」

「言ってんだろ。お前の歌が聞きたかったんだ」

「今日は帰りなさい。歌ならまた聞かせてあげるから。大金持ってきてね」

「ぼったくる気かよ」

「さぁね」

カインを店の外まで見送ると、

「オウリ、今日は客も少ないから帰っても良いよ」

「良いの?」

「ちびたちもたまにはあんたと一緒に過ごしたいだろうからね」