「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
私は笑顔を続けるが、中山は何かを見抜いているかのように私の顔を凝視する。
「そう? すげーキツそうだったけど」
「寝不足で眠かったからかな。問題も全然解けなくて、焦ってたのもあるかも」
我ながらそれらしい「いいわけ」だ。
中山は納得したように口角を上げる。
「そっか。まぁ、模試なんて練習なんだし、一回ダメでも死にはしないって」
「そうだね」
「あんま無理すんなよ。受験までまだ時間あるし、頑張ろうぜ」
精悍な顔つきの中山も、微笑むと少年らしくなる。
真面目な表情をしているときはちょっと怖いと感じるほど顔が引き締まっているので、彼が笑ってくれるとちょっと安心する。
「うん、頑張ろう」
「じゃ、俺部活行くわ」
「うん。頑張って」
「おう。またな」
中山は再び私に笑顔を見せ、早足で剣道場へと向かっていった。
私はやっと笑顔を崩す。
顔の筋肉が下がると同時に、深いため息が出る。
学校で淳一の存在を感じると、つらい。
平日は毎朝彼と顔を合わせるし、行きたくないと思う日さえある。
ここでふと、付き合っていた頃、淳一がこんなことを言っていたのを思い出した。
『悲劇のヒロインぶる女は嫌いやねん。すぐ泣くし不幸ぶりアピールされるし、鬱陶しいねん』
記憶が確かなら、当時私はそれに深く賛同したはずだ。
それなのに、私は今、つらい境遇を嘆きその感覚に酔ってはいなかったか。
淳一が忌み嫌っている、悲劇のヒロインぶってはいなかったか。