……別に、悪いことをするわけじゃないし。
私は自分にそう言い訳して立ち上がった。
近くのエスカレーターを上り、反対側のホームへと急ぐ。
肘を膝につき、両手で頭を抱えるような態勢で苦しんでいる淳一のそばまで行き、小さく声をかける。
「先生」
ゆっくりこちらを向いた淳一の顔を見て、驚いた。
真っ青だ。
「さくら……学校は?」
声がいつもと違う気がする。
「女の子の都合がよくなくて早退しました」
「大丈夫なん?」
体調不良のせいか、先生モードがオフだ。
私はあえて生徒モードを続ける。
「薬が効いてきたので、なんとか。ていうか先生こそ辛そうですけど、大丈夫なんですか?」
「喉腫らしてん。熱測ったら40度やて」
「40度!」
そんな高熱に悩まされていたとは。
電車に乗る気力が湧かないのも納得だ。
「強制的に早退させられた」
熱を確かめるため、手の甲を彼のこめかみのあたりに軽く触れる。
「あっつ!」
こんなの、もはや人間の体温でない。
こんな状態の彼を放ってはおけない。
元カノでも生徒でもなく、彼を知るひとりの人間として、彼を助ける義務がある。
私は意を決して、彼を次の電車に引きずり込んだ。
「さくらの家、反対方面やろ」
「そうだけど、今はじゅんを放っとけない」
「お前に頼るわけには……」
「緊急事態でしょ。いいから今は言うこと聞いて」