席はほぼ埋め尽くされていて、生徒はみんないそいそとシャーペンを走らせ始めた。たぶんみんな、板書を書き写しているのだろう。シャーペンの先と机が衝突する音がそこかしこから響いてくる。

 買ったばかりのノートを開き、おれもノートに数式を書き込んでいく。なんなんだろうか、この呪文のようなアルファベットと数字の羅列は。開始早々、抗議の内容がさっぱりわからん。

 だが、おれは頑張ると決めたのだ。闘う、闘うぞ。

 ふと横を見ると、黒髪の彼女も左手に握った――あのホームルームのときから思っていたが、彼女は左利きらしい――これまたクマのプー太郎のデザインがあしらわれたシャーペンをせっせと動かしていた。

 すらすらと文字が書き込まれているであろう彼女のルーズリーフを見ると、おれが必死になって書いているものとは全然違う数式が一面を覆い尽くしていた。

 何をしているのか、おれには微塵も理解できなかったが、たぶん授業とは関係のない数学をやっているのだ。筆箱を重石代りにして開かれている彼女の教科書のページ数は、さっき教員が指示したのとは全く違うページが開かれていた。『マクローリン展開』がどうだとかなんだとか書かれている。

 どうやら、彼女の頭は、おれのそれとは次元がずれているらしかった。