もう一人は、少しチャラそうなやつだった。髪は明るめの茶色で、前が見えているのだろうかと聞きたくなるくらいに前髪が長い。襟足も長く、首が全く見えないくらいである。左側の髪は耳に掛けていて、その左耳には大きな緑色のピアスが光っている。

「ここ、空いてる?」

 ギリギリその二人にしか聞こえない程度の大きさの声でおれが尋ねると、二人ともがこちらを見た。

 黒い髪の方が「あ、どうぞ」と言って、端の座席に置いていた荷物を反対側へとどけてくれた。その反対側の座席には茶髪の方が座っていたが、何も言わずに一つ席をずれてくれた。

 おれは、荷物を足下に押し込みながら「ホームルーム、もう何かやった?」と聞いた。

 頭を振りながら、「まだ。自己紹介くらいかな?」と、また黒髪の方が答えてくれた。

 おれは悔いた。これからのことを考えると、多分に大切であろうことを逃してしまった、と。

 人間の記憶なんてものは曖昧で、特に興味の無い事柄なんてものは何の苦労も無く、水性ペンでプラスチックに書かれた文字のように消えてしまう。が、しかし、ぼやけたままで残っているということもしばしばあるわけであり。

 そういった類のものは、ある拍子に復元されたりするものなのだ。