その日は皋に無理はさせられないと思って、早めに帰ろうと丸椅子から腰を浮かし、カバンを掴んだ。


「あ、あのさ」


「なに?」


皋があたしを呼び止めたので、あたしは振り向いた。


こんな仕草の一つ一つも、彼には何一つ、映像として伝わらない。


だから、声に出して自分が彼の話を聞いていると言うことを示さなければならない。


「優里、学校にちゃんと行ってね。それから、自分の本音を言える友達も作らないと……」


「……………」


それを聞いたあたしは、どこか淋しくなった。


それは、皋がもうすぐ死ぬから、自分がいなくても淋しくないように、ってことでしょ?




「……そんなこと、言わないでよ」


あたしは小さく、そう返した。