「暑い……」

 その日、俺は美術部の部室でぐでーっとなっていた。

 部屋の真ん中に置かれた机に、横になった顔を載せた姿勢である。

 肌からにじみ出る汗が滴り落ちて、机の上に溜まる。

 七月も半ばになると、外を歩くだけでも体力を使うようになる。

 教室内にはクーラーがついているが、一歩でも外に出るとこのざまだ。

 われらが美術部は、おかげさまをもって学校から冷遇されているので、部室にクーラーなどという近代兵器は存在しない。

 まあそこまでは期待しないが、せめて扇風機くらい置いてくれてもいいんじゃないかと思う。

「知、おまえ暑くないのか?」

 俺は隣で絵を描いている知に言った。

 知は最近、暇つぶしのように絵を描いている。

 どこを描いているのかは不明だが。

 この男は、部室で海の絵を描いていることがある。

 あれにはびっくりした。

 想像で描くのだそうだが、何も知らずに絵を覗き込むとかなり驚く。

 もちろん、正式な絵を書くときにはそこまで出かけていくつもりなのだそうだが、練習なら想像力で十分補えるとのこと。

 実際、知の絵は見事で、とても高校に入るまで絵を描いたことがなかったとは思えない。

 天才とはこういうものなのだと、改めて思い知らされる。

 もっとも、いきなりうまかったわけではない。

 初めて描いた絵を見せてもらったが、それは子供の落書きに等しかった。

 二回、三回と書くに従ってどんどんうまくなってゆく。

 知に言わせれば、「天才ははじめから何でもできるのではなく、ただできるようになるスピードが普通の者より圧倒的に速いだけだ」とのこと。

 まあ、そんなことは凡人の俺には関係ないからいいとして、とにかく暑い。