「冗談、冗談。三年ぶりに美術部も活動再開しようと思ってね。その第一歩」
 笑いながら答えてやる。

「よかったら、手伝いましょうか?」
 
 今は猫の手も借りたい状況だ。俺は喜んで彼女を迎え入れた。

「じゃ、私はたきがけやります。お兄ちゃんは、ぞうきんがけしてください」

 見由はそう言って、俺からはたきを取り上げた。

「え? いや、その……」

 制止しようとする俺。しかし彼女は意に介さない。

「いっぺんやってみたかったんです、これ」
 笑顔ではたきがけを構える見由。

 その純粋な笑顔に、俺はやめさせることができないまま、椅子を降りた。

 見由は代わって椅子に登る。しかし――――
 
 上のほうまで、手が届かない。

 そんな簡単なことを認識するのに、彼女は一分あまりを要した。

「ううー」

 一分後、彼女は泣きそうな顔で椅子から降りた。

 彼女の身長が146センチだから、手の長さを入れても2メートルに満たない。

 椅子に登っても届かない場所があるのは、やむをえないところだった。

 しかし、彼女のプライドはいたく傷ついたらしい。

「届かないですー」
 うつむきながらつぶやく見由。

「ま、まあ、気にするな。人間、やってできることとできないことがある」

 俺はその程度の慰めしか思い浮かばなかった。

 穂波にいたっては、何も聞こえないふりをして、無心にほうきを動かしている。

「それより、な。バケツに水を汲んできてくれないか。頼む」

 俺はそう言って、まだ泣きそうな顔をしている見由に、プラスチックのバケツを手渡した。

 彼女はうなずいて、バケツを手にとぼとぼと歩いていった。

「穂波い。お前も何かフォローしてくれよ」

 困り果てて俺が言うと、穂波ははじめて顔を上げた。