それでも、本気で嫌がりはしない穂波。

 こんなところも、彼女の優しさだと思う。

「あとで何かおごってよね」
 あくまで優しく、彼女は言う。

「はいはい」

「あ、何かその言い方、誠意が感じられない」

 穂波が少しむっとしながら、俺に人差し指を向けてくる。

「おごらせていただきますとも、穂波サマ」

 へこへこ頭を下げつつ、俺は言った。

「よろしい」

 いたずらっぽく笑う穂波。

 まったく、穂波サマサマだ。

 こんなこと、達也や星空なんかに頼んでも、「嫌」の一言で片付けられてしまうだろう。

 見由は、頼めばあるいは手伝ってくれるかもしれないが、逆にこっちの気が引ける。

 こんなことを気軽に頼めるのは、穂波しかいない。

「とりあえず制服が汚れるといけないから、これつけてろ」

 俺は家庭科室から一着だけ拝借してきていたエプロンを、彼女に渡す。

「ゆうくんは?」

「男の制服なんか、汚れても大したことねえよ」

 そう言って、俺は入り口と窓を全開にした。

 それから、はたきがけでほこりを払い始める。

 掃除機があれば楽なのだが、あいにくとうちの学校は文明の利器を使わせてくれない。

 手に入ったのはほうきとちりとり、それにはたき、そしてぞうきんだけ。

 きれいにするには、今日一日まるまるかかりそうだ。