アパートに帰ると、早速、下ごしらえを始める。

 たまねぎを切り、ひき肉をこねる。

 進んできたところでふと隣を見ると、星空がにんじんをじっと見つめている。

「どうした。にんじんと会話でもしてるのか」

「私が危ない人間みたいじゃない。そうじゃなくて、どうやって切ればいいのか、なんて……あいたっ」

 俺は手元にあったラップの筒で、星空の頭を一撃した。

 星空が怒って言ってくる。

「叩くな!」

「わかんないなら、素直に聞けっての。皮のむき方から教えてやるよ」

「いいよ、自分でやるから」

「いいから貸せって」

 俺は星空からにんじんを奪い取ろうとするが、彼女は懸命に抵抗する。

「わかったよ、じゃあ手を貸せ」

「えっ?」

 俺は星空の左手に、自分の左手を重ねた。そして、右手も同じように重ねる。

「わ、わ、やめなさいって、こら」

「包丁を持って暴れると危ないぞ」

 俺は手にぐっと力を込める。

 やがて、星空の動きが大人しくなってきた。

「にんじんは縦に持って、こうやるんだ」

 しゃっ、しゃっと音がして、人参の皮が少しずつ削られてゆく。

 俺は手のひらに、星空の体温を感じていた。

 ちょっと冷たかった。冷え性なのかもしれない。

 手が冷たい人は心は温かいなんて聞いたことがあるが……。
 
 星空はしばらく黙っていた。

 そして、三本あるにんじんのうちの一本の皮をむき終えたとき、

「ねえ、言ってなかったけど、ゴールデンウィークのとき、ありがとうね」

 包丁を持ったまま、星空が言う。

「ん?何が?」

「部屋につれてってくれたよね」

「ああ、あのことか。気にするな」

 そっけなく返事を返す俺。

 星空はちょっとためらってから、俺に聞いてきた。
「他の女の子にも、あんなふうにしたことあるの?」

「なんで?」

「女の子の扱いに慣れてる感じがした」

 意外だった。そんなことを言われたのは、生まれて初めてだった。

 気が利かないといわれたことはいくらでもあるが。