「すまん。助かったよ」

 部屋の前で、俺は穂波に礼を言った。

「二人で飲んでたの?」

「いや、五人で。三人はまだ元気だよ。よかったら、穂波も来るか?」

「私が行っていいの?」

 遠慮がちに聞く穂波。

「ああ。遠慮するなよ」

 俺が言うと、穂波は少し考えて、それからうなずいた。

「そうね。じゃあ、仲間に加わらせてもらおっかな」

 それから穂波は鍵を取ってきて、自分の部屋に鍵をかけると、俺と一緒に階段を下り、102の俺の部屋に入った。

「達也と見由は、今お茶を買いに行ってる。じき戻ると思うけど」

「うん」

 穂波は、俺の他に誰もいなくても、特に警戒した様子もなく、部屋の片隅に腰を下ろした。

 とはいえ、俺は穂波が警戒している様子など見たことないので、一応これでも警戒しているのかもしれない。

「ビール飲むか?」

「じゃ、一本だけ」

 穂波は人差し指を立てて言う。

 俺は冷蔵庫からビールを取り出して、穂波に渡した。

 俺もビールの缶を開け、二人で小さく乾杯をする。

「ゆうくん、学校にはもう慣れた?」
 穂波が聞く。

「ああ、なんとかな。穂波は?」

「私も、大体慣れたかな。部の友達とも仲良くなったし」

「穂波は陸上部だっけ?」

「うん、そう。トラックで練習やってるから、よかったら見に来て」

 俺の記憶では、穂波は足が速かった。百メートル走だと13秒フラットくらいで、女子の中ではかなり速い部類に属するはずだ。

 俺の百メートルは15秒だから、単純計算で二秒は速いわけだ。

 それから、少しの間、沈黙が続いた。

 穂波といると、沈黙状態になることが多い。

 といっても、それは気まずい沈黙ではない。

 穂波の前では、俺は無理に話をつなげることはしない。自然体でいられる。

 だから、俺がその沈黙を破ったのも、無理に話そうとしたわけではなく、不意にそのことが頭をよぎったからだった。

「もう、半年だな」

 そう言うと、穂波は力なくうつむいた。少しの間、場を沈黙が支配する。