「ゴッホは19世紀の画家ですよ。オランダ生まれの人で、37歳という若さで亡くなってます」

 思わぬところから声がした。

 この甘ったるい独特のイントネーションは、見由だ。

 大して重くもないかばんを、重そうに両手で抱えている。

「へえ、詳しいね」

 星空は感心したように、腰に手を当てる。

「いや、それほどでも」と俺は言った。

「あんたのことじゃない」と、星空からすかさずツッコミが来る。

「見由ちゃんのほうが、よっぽど美術部員らしいじゃない。ねえ」

 星空が言うが、知は完全に無視している。代わりに、見由が答えた。

「昔、ちょっとだけそういうのかじったことあるんですよ」

 彼女は謙遜するが、おそらくその知識は相当なものと見た。

「見由も美術部に入らないか?」

 どさくさ紛れに勧誘する俺。

「ええと……考えておきますね」

 困った顔をする見由。遠まわしに断られたようだ。

 やはり、部員が二人きりで、それも美術に無関心な俺と知とあっては、彼女の食指も動かないようだった。

「ところで、星空の家もこっちなのか?」

 さりげなく話題をそらしてみる。

「ああ、あたしは一人暮らしなんだ。さうす・りばてぃーっていうアパートに……」

「それ、俺の住んでるアパートだぞ」
 俺が言う。

「ええっ?!」
 驚きの声が、二人から同時に上がる。一人は星空で、もう一人は知だった。

「それ、俺も住んでるぞ」

 知が言うと同時に、その場は逆に静かになった。

 偶然知り合った4人に加え、達也に穂波まで同じアパートに住んでいる。

 奇妙に因縁めいたものを感じた。

 何かが、起こりそうな予感がしていた。


【第一話終 第二話に続く】