そして、その日の夕方。俺は知から、意外なビッグニュースを聞いた。

 美術部で、いつものようにだべっていたときのことである。

 知は、ぼそりと言った。

「俺の描いた絵が、市主催の絵画コンクールで、銅賞に選ばれたらしい」

 今日の天気でも話すように、普通に言う知。

 俺は仰天して、椅子から転げ落ちてしまった。

「な、なにいっ?!」

 知を見上げながら言う俺。しかし知は、あくまで平静を保っていた。

「そんなに驚くことか?」

「いや、驚くだろ、普通。いつの間に絵なんか出品してたんだ?」

「夏休みに、山に行っただろ。あのときの絵だ」

 そういえば、知は確かにあのとき、絵を描いていた。

 知が本気で絵を描いたのは、あのときが初めてだったと思うのだが。

「で、何の絵なんだ?」

「タイトルは『星降る湖畔の夏』という。満天の夜空をバックに、コテージを描いた絵だ。今は美術館のほうに飾られているが、戻ってきたら見せてやるよ」

 知は、椅子にもたれかかりながら言った。

 その顔には、満足感がある。

 しかしその満足感は、嬉しくてたまらないというよりは、とるべきものをとったという感じだった。

「ま、とりあえずこれで、今年の学園祭はその絵の展示ってことで決まりだな」
 知はあくびをしながら言った。

「もしかして、もう描くのはやめるのか?」

 なんとなくそんな気がして、俺は知に聞いた。

「いや。思ったより絵を描くのが面白くなってきたんで、また描いてみようと思ってる。とりあえず、今日は疲れたから、もう帰るわ」

 知はそう言うと、荷物をまとめ始めた。

 俺も、一人では何もすることがないので、帰ることにした。

 部室に鍵をかけ、さうす・りばてぃーへと戻る。

 その日は穂波の誕生日。

 しかし、俺は特に何もしなかった。夕食時に食卓で、みんなと一緒に「誕生日おめでとう」と言っただけだ。

 その理由は、一つには、前日にもうプレゼントをあげて、お祝いも言っていたこと。

 そしてもう一つは、そしておそらく本当の理由は、これ以上進むと、また戻れなくなるような気がしたからだ。

 臆病な俺は、その一歩を踏み出すことを、ためらっていた。