カップルのおきて【修正中】

来る。




近づいてくる。








黒田信二が、近づいてくる。











私に逃げ場は…ない。





背中を壁にうち、つい小さな声で、痛っ、と言ってしまったが、黒田信二は心配のひとつもしない。






むしろ、まだまだ近づいてくる。












「冗談だと思ってたの??」





「そ、そりゃ…。」










「冗談で言うわけないでしょ??」






黒田さんなら言うでしょ。



その言葉は飲みこんだ。









「分かんないじゃないっ!!第一、私がたけ兄のこと、好きなの知ってるのにっ!!」














「だから??」












「…え??」












ばんっ








私は手元にあったティッシュの箱を投げた。








「私の気持ち、届くわけないって最初から思ってたのっ!!??私は、1000分の1でも1億分の1でも、たけ兄が思ってくれたらいいって、小さな望みにかけてたのッッ!!たけ兄が私のこと、『妹』だって思ってることぐらい、私が誰よりも分かってたのにっ、ど-してあんたがっ…、あんたが言うのよ…。卑怯じゃない…。」









黒田信二は私を抱きしめた。私がどんなにどんどん叩いても、離れようとしても、力を強めるだけで、とうとう観念した私は、黒田信二の胸に安らぎを感じてしまった。
「たけ兄っ!!朝だよっ!!ほら、起きてっ!!」







「ん〜…。」








かばっ






「真知子…??」












「そおだよ??ほら、早く用意して!!石原さんが迎えにきちゃうよ??」












「真知子…、俺…。」












「ほ、ほらっ!!私、先に行ってるからね-??もお、変な『お兄ちゃん』!!」












私は、少し…ほんの少しだけ、落ちそうになった涙をすくった。私にとっての恋の味は、甘ずっぱくて、切ない涙の味だと思う。










恋をするたびに、この甘ずっぱさを味わって、傷つくたびに、切なさを味わって、最後には砂糖のように甘い愛の味を味わえたら、それだけで、今までの辛さも、全てチャラになると思うの。







たけ兄、私に恋の味をくれてありがとう。私は、たけ兄を好きになったこと、後悔してない。おかげで、恋の痛さも甘さも知れた。それだけで、私には価値のあることなの。
「行ってきまぁす!!」













「よお。」












「あれ、なんでいるの??もしかして、たけ兄に頼まれた??」












私がしまった、て顔をすると、んなわけね-だろ、めんどくせぇ、と言って、そっぽ向いた。












「あれ??機嫌悪いの??」













「〜…お前がっ、別の男の話すっからだろ??」











「ヤキモチ妬きだなあ…。」








「なんだとっ!!??」












飛び掛かろうとする『信二』を押さえて、私は言った。決めたの、今度は私の番だね。待たせた分、いっぱいいっぱい愛をあげるから。












「ねっ!!私に愛の味教えてくれる??」







「は??」


















そう、次味わうなら、愛の味。愛の味はきっとくせになるから。もおきっと、君から離れられなくなるような、とびっきりの味を私に教えてね。
「忘れられない人が…いるの。」








それが別れるときに私が言った言葉だった。猛くんは一言、わかった、とだけ言って、私に背を向けて行ってしまった。














すれ違い始めたのは、真知子ちゃんが付き合いだしてからだった気がする。










始めは私も、『真知子ちゃんからとってやった』て気持ちが全くなかったわけじゃないから、盛り上がっていたんだと思う。











でも…、私には猛くんの本当の本当の気持ちが分かっていた。それが、こんな結果を招いたのかもしれない。












いや…、それもあるけど、私に忘れられない人がいるのは事実。だから、猛くんだけのせいじゃない。











私にとって、忘れられない彼は雲の上の人…。絶対にこの思いが届くはずなんてないって分かってるから…。
「せんせっ!!見てみて!!」




「おっ、凄いなぁ、咲子はっ!!先生を追い抜いちゃうんじゃないか-??」












私は昔っから親が習い事ばかりさせる家庭で育ったため、塾も習い事の一部であった。






自分の意思とは無関係だから、水泳やら書道やら、全然楽しくなかった。








だけど、塾だけは楽しかった。それは…、先生がいたから。翔太先生がいたからなんだ。












「咲子っ、ご褒美何が欲しい??」





先生はいつも、私がテストで満点をとったら、『ご褒美』をくれる。








私はそれがいつも楽しみだった。











「ん〜、じゃあおっきなくまさんっ!!」







「よおし、分かった!!先生がとびっきり大きなくまさん買ってやるからなっ!!」










そのときの、先生の笑顔がまだ私のなかに生きているんです。でも、それはたかが思い出で、今の私に笑いかけてくれる先生は、もう…私のそばにはいない。
翔太先生の持つ塾は個人経営のちっさな塾だった。






近くに大手の塾がたくさんできるようになってから、先生は私たちの前では見せないけど、すっごく落ち込んでいた。












「先生??」







「どおした、咲子??まだ帰らないのか〜??」





先生の頬は少しこけて、くまもでき、病人のようになっていた。








「塾…、なくなっちゃうの??皆言ってるよ。もうすぐ塾なくなって、先生もいなくなっちゃうって…。」












先生は一瞬固まった。その一瞬が長く感じられた。でも、先生は笑顔を絶やさず、こちらを向いて、









「そんなわけないだろ??大丈夫、塾もなくならないし、先生もいなくなっりしないよ。」










先生の無理した笑顔、私はなんだか忘れられなくて、心が痛んだんだ。
「先生…。」




「おう、咲子。今日は塾の日じゃないだろ。どうしたんだ??」












「私…、今日のテスト満点だったよ。」





「おっ、じゃあ『ご褒美』やらなきゃな。何がいい??」












先生はちらちらと、片付け途中の段ボールを気にしていた。本当に…今日で閉めるんだね。












「指輪がいい。」





「指輪…??」






先生が少しびっくりした顔をしたが、すぐ元の笑顔に戻った。











「もう、年頃だもんなあ。…最後だし、ふんぱつするかっ!!どんなのがいい??」







先生は腰に手をあてて、私に向き直った。
この先生を見るのも…、今日が最後。












「…ペアリング。」












「先生と私のペアリングがいいっ!!」
言った。












言ってしまった。












先生はじっとこっちを見ている。きっと…、私の気持ちにも気付いただろう。











胸の高鳴りが…止まらない。













先生はさっと立ち上がって、奥の部屋に入っていった。













先生…逃げたの??私の気持ちには、やっぱり…答えられないの…??














「咲子。」







「え??」










私は驚いた顔で、目の前にいる先生の顔を見た。
そして、私の左の薬指にモールを巻いた。














「これ、仮な。咲子が大人になって、まだ先生のことを想ってくれていたら、そのときは本物あげるから。」














「…ほんとに??」













「約束する。」












そして、先生は塾を閉め、私が知らないどこかへ行ってしまった。












でも…、また会える。先生は私の薬指に約束してくれた。













「いつまでも…、待ってます。」
あれからすごく時間が経った。私は背が伸びて、髪もさらさらで、唇はぷっくりして、私は『大人』になったと思う。
先生がいう、『大人』に…。












先生とは違う誰かと付き合うたびに、先生への思いの強さを思い知る。












私にとって、呪いなの。












どんな人と付き合っても、先生のこと、忘れられない。また想って、想って…先生がほしくなる。













だから…、早く逢いたいの。私の呪いをといて。そして、私を先生だけのものにしてほしい……。













「お母さん、翔太先生って、どこに行ったか知ってる??」












私はお母さんが書いてくれた住所のところへ行くことにした。やっと…、やっと…っ。先生に会える…。













私はどきどきを押さえて、新幹線に乗り込んだ。