マンションに着くと、どうやら同居人は先に帰宅しているようだった。玄関に入るときちんと揃えられた革靴が目に入る。我が同居人はきれい好きなので色々と助かる面が多い、まさに同居人の鏡だろう。
「凛太郎…ただいま」
「あ、おかえり。今日は随分遅かったね」
「少し長引いたから」
もちろん原因は綾兎さんだ。
「…深宏、」
「うん？」
申し遅れたけれども、僕の名前は伊灯深宏。近所の大学に通い、今、真っ直ぐに僕を見つめる根室凛太郎と同じ部屋に住んでいる。
「深宏、結婚しよう」
「却下」
「何で！」
ただ、少々頭が足りなくて俗に云う天然でなければ、もう何も言うことがないのだが。万事そう簡単にはいかないものである。
「深宏は僕が好きだろう？」
「少なくとも嫌いじゃないね」
「だったら…」
「凛太郎」
頭脳明晰、容姿端麗、きれい好き、人に優しく自分に甘く、しかし責任感はずば抜けていて周りにもよく頼られる。そんな凛太郎は、非常に騙されやすかった。
「また郁さんに変なこと教え込まれたんだね」
「変なことじゃないよ。愛とは何かについて詳しく、」
「馬鹿野郎」
「ばっ…深宏、そんな汚い言葉遣っちゃだめ！」
「お前は母親か」
深く溜め息を吐いて、エプロンさえも似合っている凛太郎を抱き締める。香水なんて付けていない、柔らかな凛太郎の匂いがした。