「先生、そうおっしゃらずに……この夏休みにしっかり勉強させますから。だからなんとか」
 母は高輪に食い下がっている。

「お母さん、私が試験をするわけではないのですよ」
 高輪は困惑気味に、小さい溜め息をついた。
 そして、柔和な笑顔をつくると、叶子に話しかけた。

「叶子さんは、どうしても滝沢高校に行きたいの?」


 青い空と蝉の声の世界にいた叶子は、急に現実に引き戻された。

 高輪の声が、単なるノイズではなく、柔らかくも重みを持った音として耳に入る。
 空以外にも、色彩が戻ってきた。


 相変わらず、蝉の声はうるさいけれど。