休日の日課として健全な男子学生を自負する吾妻幸介は、室内になど籠もってはいなかった。

 財布片手に着慣れたジャケットとジーパンで町を闊歩していた。

 それが一時間前の出来事。
 今は後悔している。

 せめて天気予報くらい、見るべきだった。

 バケツを引っ繰り返したような土砂降り。

 急いで手近なコンビニに逃げ込んだものの、あっという間にずぶ濡れだった。

 張りつく黒い髪を、後ろへ掻き上げる。
 最近髪を切っていないことも災いして、服装から髪型まですべてが不快だった。


「雨、止まないなあ」


 灰色を通り越して黒ずんだ空にぼやいた。
 通り雨だと思っていた降りは、実は夜半まで続く大雨だった。

 そんなことも知らず黄昏ていたのは、ほんの三十分前の出来事。

 咄嗟に体が動いて、いつの間にか土砂降りに飛び込んでいた。

 傘くらい買えばよかったと後悔するが、もう遅い。

 力強く振り上げられた右腕を、乱暴にならない程度に掴んで止めた。


「なっ……?」


 さらさらと弾けて流れる、
 湿気にも負けない強い髪質。

 長い金色の髪は、風に乗っていい匂いがした。

 胸元程の高さから、人の顔を真正面から見上げてくるビリジアンの瞳。
 外国人をこんなに近くで見るのは初めてだ。

 しかし見惚れてはいられない。


「ごめん待たせたね」


 掴んだ右手を自然に下ろし、手を繋ぐ形に持っていく。


「さあ行こうか。埋め合わせは、ちゃんとするから」


 右手を引くと、女の子はハッと目を見開かせてすぐに笑った。


「しょうがないわね。今日の代金全部持ってもらうから」


 元々頭のいい子なのだろう。
 男二人とはいえ、カッとなって手を上げればどうなるか結果は明白だ。

 穏やかに場を離れられるならそれに越したことはない。

 隣に立ちながら、見上げる視線がお節介めと非難していた。
 ずいぶん強気な女の子である。

 だがこれで諦めるなら苦労はない。


「おい兄ちゃん、ちょっと待て」


 なんて台詞だろう。だが気持ちは分かる。

 こんな可愛い女の子をナンパしている最中に、横から邪魔をしたのだから。