「おい、朱音、帰るぞ」

紅夜さんが綾さんの部屋の前に立っている朱音ちゃんに手まねきをした

紅夜さんのお父さんはびしっと姿勢を正して、クールな顔で私たちから離れていく

綾さんの病室に向かって、お父さんは歩く

「行くぞ」

紅夜さんがそう言って、階段を下りていく

私はもう一度振り返って、朱音ちゃんとお父さんを視界に入れた

お父さんは綾さんの病室の前で振り返ると、朱音ちゃんと私に向って満面の笑みで大きく手を振った

「えっ?」

私は驚いて、つい声が出てしまう

「どうした?」

階段を下りている途中の紅夜さんが足を止めると、不思議そうな顔をして振りかえった

「あ、ううん
何でもない」

私は笑顔で、紅夜さんの顔を見た

紅夜さんの目が、私を疑うように見てくる

「本当に何でもないよ
綾さん、きっと幸せになれるよ
そんな気がする」

「は?」

紅夜さんが、解せない表情で首を横に曲げた

だって、紅夜さんのお父さんと結婚したんだもの

絶対、幸せになれるよ

階段で転ぶ紅夜さんのお父さんの姿を思い出して、私は『ぷっ』っと噴き出した

「紅夜さんは私を幸せにしてね」

「あ…ああ
何だよ、急に…どうしたんだよ」

「ううん
どうしもしないよ」

私は朱音ちゃんと目を見合わせて笑い合うと、一緒に階段を降りはじめた

『ね、うちのお父さん、お兄ちゃんには愛情表現が下手でしょ?』

朱音ちゃんが、紅夜さんに気付かれないように私の耳に囁いた

ホントだね