「ふん」と鼻息を噴射する音で、紅夜さんが今、自嘲した笑みを浮かべているとわかった

さっきよりも、強く紅夜さんに抱きしめられる

「旅行で嫌われたいはずなのに、心のどこかで、嫌われたくないって思ってる自分もいたんだ
俺、男として最低なことばっかやってんのに、愛実は全然怒ろうとしないし
むしろ平然とそれを受け入れてるのに、イラついた
なんで怒らねえんだよって
怒ってもらいたくて、『好きになるんじゃなかった』って言ってもらいたいのに
愛実は布団に足を突っ込んで、優雅に本なんか読んでさ
俺、すげえ自分が惨めに見えた、と同時に…こいつなら俺を変えてくれるんじゃねえかって期待してた
こんな最低な俺でも、受け入れてくれる女なんて早々はいねえって」

紅夜さんの腕の力がふっと緩んで、抱きしめられていた私の体に自由が生まれる

すぐにずんっと右肩が重くなった

紅夜さんの額が、私の右肩に乗ったのだ

「初めて会った時の『やばい』ってシグナルは…近づくなっていう危険な意味じゃなかったんだと思う
このままじゃいけないっていう…心のどこかで変わりたいって思ってるもう一人の俺が、「こいつなら!」っていう知らせだったんだと今は思えるんだ
複数の女と自由気ままに付き合っていく生活がいつまでも続けられないのは、わかってた
どこかで、心の傷と向き合って、綾から離れなくちゃって、わかってるのに
ずっと出来なかった
怖かった…一人になるのが
怖かった…綾をまだ好きな自分がいるって認めるのが
認める勇気も、前を向く勇気も…心の傷を曝け出すのも、正直、今もキツい」

紅夜さんの曇った声が、私の心を突き刺す

紅夜さんは、私を好きじゃない

好きになろうとしている最中であって…まだ気持ちは綾さんにある

紅夜さんの想いは、まだ完全には私に向いてないんだ