開いた馬車の窓から流れる新鮮な空気を吸い込んで、カルレインは観念するしかないと思い、窓枠に肘を突いた。


「なぁ、リリティス。お前は覚えてないんだろうが」


語りたくないことだけに、カルレインの胸がちくりと痛む。


「俺はカナン国に攻めてきた男だ」


ノルバス国の王子であったカルレインがカナンに攻め入り、リリティスを捕虜にした時の事を、彼女は覚えてはいない。

毒を飲み、生死の淵を彷徨った彼女は、命を手にした代償にカルレインと出会った頃の記憶を失った。


折に触れ、その頃の事を語って聴かせたが、今日この時においても、やはりリリティスが何かを思い出すことはなかった。


「それは、何度も聴いております。私や民にひどいことをしたと後悔していると」


そのときの事を話すカルレインは、必ずひどく傷ついた瞳をするので、

リリティスはいつでも胸がいっぱいになる。

それを今になって繰り返すことに、なんの意味があるのだろう。


けれどカルレインは、低い声で、しかしはっきりと言葉をつむいだ。


「後悔しているというのは、実はちょっと違うんだ」


カリナの頭をなでると、カルレインは掌を滑らせてリリティスの手を包み込んだ。