「母は、そうですけど。

私は、母がこちらに来て父と結婚した後に生まれたので、カナンへは一度も行ったことがないんです。


昔、カナンで戦があった折に、母はマリウス様たちとともにホウトへ渡ってきたそうで。

今回、私がファラ様の侍女になったのも、少しでもカナンと関係のある人間をということで、呼ばれたんです。

本来は、賄いを任されている下働きなので、こんなにしていただく資格はないんですけど」


やさしい掌が、ファラの背中で動きを止める。


「レリーはもしかして、カナン国が・・嫌い?」


「なぜです?」


「父様から聞いたことがあるの。

昔、父様がまだノルバス国の王子だった頃、カナン国に戦を仕掛けたと。

そのせいで、故国を逃げ出した人たちは自分を恨んでいるだろうって」


後ろに立っているレリーの顔を振り返る勇気がない。


聞かされてはいた。

父を良く思わない、父が治めるカナン国を憎んでいる人たちがいるということ。


けれども、それはどこか遠くの出来事で夢物語のようなものだった。

自分が生まれるよりも、ずっと昔の話。