職場では根岸さんにさんざん冷やかされた。
なんとなくそうなることは予想済みだったけれど、やはりと言うか……。
根岸さんは顔見知りの患者さんまで巻き込んで、明日花嫁衣装を着る私を熱く激しく?祝福してくれた。
「この子、ウチの看板娘。こんなトコで油売ってるけどね、明日が結婚式なのよ~」
「あらまっ!それはおめでたいこと!」
「ちょっと、根岸さん!“油売ってる”ってどういうことですか……!」
しかも、勤務先を“こんなトコ”呼ばわりだし。
まあ確かに、今日はありがたいことに外来の患者さんも少なめで、在宅の患者さんからの緊急連絡などもなく、正直仕事は暇なのだけど。
そもそも平穏だからこそ、こんなバカ話で盛りあがっていられるわけだし。
「鈴ちゃん改め高ちゃん!あなたがそのナントカ先生を幸せにしてあげなさい!」
ナントカ先生って……そんなひどい。
「高野先生です……」
「ん?あ、そうねぇ。高野詩織だもんね。私としたことが、ごーめんあそばせぇ~」
「あらまっ!先生ってお医者様と結婚するの?それはまたおめでたいこと!」
「そうじゃないんですっっ」
常連患者のお婆ちゃんの勘違いに、慌ててばたばた否定する。
そんな私を見ながら根岸さんがニヤリと笑う。
「ドクターじゃなくて大学の先生なのよ~。ねーっ?」
「はい……」
「あらまっ!大学の先生様と!それはまたおめでたいこと!」
つまるところ……相手の職業がなんであろうと結婚というのはおめでたいことなのでありましょう。
「高ちゃんのダーリン、写真でみる限りちょっと幸薄そうだったけど。いいお嫁さんもらって安泰だわね~」
「根岸さ~ん!あの写真のことはもう!」
あの写真というのは、いつぞや根岸さんにせがまれて仕方なく見せた寛行さんの写真なのだけど。
なにしろ彼も私も、ケータイでモノを撮ることはあっても互いを撮ることなんてほとんどないから。
それでも根岸さんにおねだりされて、それをかわせるはずもなく……。
そこで、彼を激写した唯一の一枚を見せるはめになったのだけど、その写真というのが――。
“台所で、増やし過ぎたワカメがボールから溢れている様子を見て、悲しそうに微笑む彼”
などという、私が意地悪で撮ったふざけた写真だったから……。
「根岸さん!結婚式の写真が出来たら持ってきて見せますから!楽しみにしててください!」
私ははりきって根岸さんに宣言した。
彼に対するせめてもの罪滅ぼしというか。
本当の娘や孫のように私の幸せを心から喜び祝ってくれる根岸さんへの恩返しのような気持ちで。