車がいつものコンビニに到着するとすぐ、私はササッとシートベルトを外して、運転席の彼に向き直った。

ここでようやく「いってきます」と「いってらっしゃい」の挨拶をするのが私たちのお約束。


「ありがとう。んでは、いってきます」

「うん。いってらっしゃい」


シートベルト締めたままだけど、ちゃんと私のほうを見てにっこり微笑む寛行さん。


「寛行さんも。気をつけていってらっしゃいです」

「うん。いってきます」


互いを送り出す言葉を交わして、それから――。


「手」

「はいはい」


私の催促に応じて右手を差し出す寛行さん。

ゆるくもなく、きつくもなく、そっときゅっと手をにぎる。

別れ際にこうして握手をするのが、ふたりの朝の日課なのだ。

まあ、なんていうか……。

車の中は密室とはいえ、周りには人様の目というものがあるわけで、その……いかにも“新婚くさい”ことは控えているというか……。


そうして私はいつものように、優しく握りあった手を二度とんとんして、その手をさらりとはなして車を降りた。


職場へ向かう道すがら、ひとりでふと思う。

そういえば――。

彼氏彼女のときだって、彼のうちへお泊まりに行った日の翌朝は、私の大学のそばまで送ってもらったりしていたのに。

あの頃は、別れ際に何かすることなんてなくて……意外とあっさりしていたような?

ひょっとして、結婚してからのほうが“甘さ”が増してるとか?

っていうか――。

私たちって恥ずかしながら“新婚”という春風にけっこう吹かれまくっているのかもしれない……。

なんだかとても幸せで、だけどやっぱり気恥しくて。

なんとも言えないくすぐったい気持ちで、私はちょっぴり速足になってずんずん歩いていったのだった。